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読書&執筆ホリックの書評&書き物ブログ。
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「だから、思い出になってまで生き続けるために、
死をたぐり寄せる人たちと関わりたくないわ。
そんな時間はないんですもの」



第13回吉川英治文学新人賞受賞
必読のアル中小説
1ページごとに笑い泣く、前代未聞の面白さ!
卓抜無類のユーモアとペーソス満載の最新長編。

完全無欠のアル中患者として緊急入院するハメになった主人公の小島容。
全身ボロボロの禁断症状の彼方にほの見える“健全な生活”。
親友の妹さやかの往復パンチ的叱咤激励の闘病生活に次々に起こる
珍妙な人間たちの珍事件……。
面白くて、止まらない、そしてちょっとほろ苦い、話題沸騰、文壇騒然の長編小説。

***

一応フィクションの体裁をとってはいますが、本作はほぼ著者・中島らも氏の自伝。
自らの分身である主人公に〝容(いるる)〟なんてつけてるところが、
己のアル中っぷりをあっけらかんと皮肉っていて面白い。

らもさんは自身の重い経験を面白おかしく書くのが本当にうまく、
うつ病発症時や大麻で刑務所に入れられたときのことを描いた著作に
何度も爆笑させられたものですが、
同じ作家の本というのは読むほどにその書き手の人格が透けて見えてくるもので、
私が読み取ったらもさんのそれは〝純粋で危うい人〟だった。
本作を読んでそのことを改めて痛感した。
彼には物事を深く鋭く洞察できる頭脳と鋭敏な心があり、
けれど精神は子供のように脆く頑ななせいでそれを受け止めきれるタフさも
さらりといなせる大人のずるさも持ち合わせておらず、
人よりくっきりと物が見えるのにそれを許容できない、けれど眼を逸らすこともできない以上
アルコールで視界をぼやけさせるしかなかった。
そうしながら、意地を張った子供のように
「僕は平気だい」
と強がってみせるしかなかった。

作中で彼が生前のエルヴィス・プレスリーが吐いた弱音に大いに立腹するシーンがあるけど、
らもさんはもしかしたらエルヴィスが羨ましかったのかもしれない。
ケガをして泣く子供のように、素直に「つらい」と言えるエルヴィスが。
らもさんは子供は子供でも〝意地っ張り〟な子供だったから、結局最後までそうできなかった。
平気なふりで最後まで冗談ばかり飛ばして道化てみせるしかなかった。
筆致も軽妙ででユーモア溢れる本作に、
それでもどこか寂しさが漂っているように感じられてしまうのはそれが分かるから。
そんな読み方はきっとらもさんの本意じゃないでしょうが。
何も考えずただ単純に「はは、らもさんバカだなあ」と笑いながら読むのが
彼への一番の弔いになるんでしょうが。
ってなんかまた辛気臭いな。やめよう。

一杯飲んだらひっくり返る下戸の私でも、アルコールを
〝夢に出てきた紫色の美味なる液体〟として描写しているシーンでは
「すごいうまそう」などと思ってノドを鳴らしてしまいました。
らもさんやっぱり文章うまいな。
本来なら酒好きの人しか理解・共感できないことを、彼ならではの言い回し&文章力で
そうじゃない人にも分かるようにする、魅力すら感じさせるようにする、
らもさんは自分自身のコントロールはヘタだったけど、文章を操ることにかけては天才だった。

軽いけど深い。
脆いけど強い。
この小説にはらもさんの人となりがそのまんま顕われている。
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意志は確かに受け取った。



大都市の欲望を呑みつくす東京湾。ゴミ、汚物、夢、憎悪…あらゆる残骸が堆積する埋立地。
この不安定な領域に浮かんでは消える不可思議な出来事。
実は皆が知っているのだ…海が邪悪を胎んでいることを。

★収録作品★

 浮遊する水
 孤島
 穴ぐら
 夢の島クルーズ
 漂流船
 ウォーター・カラー
 海に沈む森
  
***

泣けたり喝采を叫びたくなったり夢にまで出るほどのインパクトを与えてきたりする
物語というのは割とありますが、
人生観までをも変えられてしまう作品に出会える確率というのはそう高くなく、
だから私は本作に出会えたことに心から感謝している。
本作収録の短編〝海に沈む森〟は、確かに私の心の在り方を変えた物語なので。
この本に出会ってだいぶ経つけど、本編の主人公・杉山の生き方は
これまでに読んだどの小説の登場人物のそれよりも未だ私にとって一番の理想であり続けている。
先日久々本書を再読して、改めて力をもらった気がした。

〝海に沈む森〟はうかつにコメントすることすら憚られるほど私にとっては
特別な作品なので、その他の短編のレビュー↓

◆浮遊する水◆

黒木瞳さん主演で映画化もされた作品。
正直物語の質は映画のほうが上です。
原作であるこちらは、今ひとつテーマがはっきりせず、中途半端なホラーといった体。
映画はヒロインの〝母性〟が見事に表現されていて、
ラストのやるせない・切ない感じもよかった。

◆孤島◆

面白い!
とまずは手放しで言いたくなる作品。
いい話でも何でもないのに、ラストは何とも言えない妙な感動がじわじわと
胸中に沸き起こってきます。
この話がツボにハマった人はこれ↓もおすすめ。かなり似たタイプの物語です。



◆穴ぐら◆

これも一話目と同様、テーマも曖昧で、ホラーとしてもどうかな? といった感じ。
主人公の過去&内省に焦点が当てられているところも〝浮遊する水〟とかぶり気味。

◆夢の島クルーズ◆

まさしく王道ホラーです。
どちらかといえばB級気味の。
ラストシーンを具体的に脳裏に描くと確実に鳥肌立ちます。
私としては何よりも、俗物丸出しの牛島夫婦に嫌悪感&恐怖を感じましたが。

◆漂流船◆

昔からホラー小説ばかり読んでいて怖いものに耐性のある私ですが、
この話だけは妙に怖かった。
読み進めるうちに催眠にかかったように意識が朦朧としてくるのは、
もしかしたら本編に登場する呪いの〝眼〟が、
本書を通してこちらに思念を送ってきていたからかもしれない。

◆ウォーター・カラー◆

本作の中では異質な作品。
ホラーというよりミステリーだからかな。
ラストは「あっ、なるほどそういうことか!」と驚き&爽快感を味わえます。
ドロドロした本短編集の、ある意味一抹の清涼剤といったところ。



水が地球上を網の目のように流れどこにでも繋がっているように、
これらの短編も〝水〟というキーワードによって結ばれている。
七つの支流(物語)がたどり着く先に広がっているある一つの光景。
見てみたい人は是非一度、この流れに身を委ねてみてください。
How deep is your river,Mr.guard?



命をかけて守るべき人が君にはいるだろうか。
「彼女を守る。それがおれの任務だ」
傷だらけで、追手から逃げ延びてきた少年。
彼の中に忘れていた熱いたぎりを見た元警官は、少年を匿い、底なしの川に引き込まれてゆく。
やがて浮かび上がる敵の正体。
風化しかけた地下鉄テロ事件の真相が教える、この国の暗部とは。 
出版界の話題を独占した必涙の処女作。 

***

シンプルなもののほうが感動する。
綿密に構築された壮大なクラシックよりも、
わずか数小節のオルゴールのフレーズのほうが琴線に触れることもある。
本作はまさにそれ。

福井氏の作品は優に600枚を超す長大なものが多く、
故にその内容や人間関係の入り組み具合も並大抵じゃないのですが、
デビュー作である



の前年に書かれた、江戸川乱歩賞最終候補作である本作、
氏の既刊の中でももっともシンプルな物語であるにも関わらず、
泣いてしまいました。しかも二回ほど。
これまでは氏の小説で泣いたことなんてなかったのに。

〝泣けるかどうか〟をその作品のクオリティのバロメータにするつもりはないですが
(登場人物が死ぬシーンさえそれなりに描ければ、
読み手を泣かせることはさして難しいことじゃないと思うので)
まだ筆が達者ではなく技巧を凝らすにもままならないぶん、
福井氏はありのままの感情と熱意をストレートに作中にぶつけるしかなく、
私はそれに否応なく心を動かされてしまった、ということなんでしょうきっと。
(〝101回目のプロポーズ〟で「ぼくは死にましぇん!」言った武田鉄也に
浅野温子が泣かされたのと同じ原理ですたぶん)


まあもちろんストレートであるだけに、読んでいて気恥ずかしくなる部分・
勢いに飲まれて誤魔化されそうになるけどよくよく考えると納得いかない点も
往々にしてあるのですが。
出会って間もない保と葵に「いつか三人で海に行こう」などと言い出す主人公・桃山の
青春っぷりは赤面ものだし(それに「ああ」と答える保も違和感あるし)、←いやそういう人大好きだけどさ
保は言ってることとやってることがちぐはぐでその癖妙にクールぶってるもんだから
たまに小突きたくなるときがあるし、
桃山と涼子の恋愛モード突入までの過程なんか(いくら男女間の感情は理屈じゃないとはいえ)
不自然過ぎて首を捻らざるを得ないし、
〝~と桃山は思う〟と、桃山の思考を借りて著者が現代社会への考えを述べるシーンも、
その考えが桃山というキャラの人格と一致しておらず、読者はどうしても彼の影に
福井晴敏という書き手の存在を見ないわけにはいかなくなるし。
主人公たちの敵役が多い割に(多いせいかな)それぞれに際立った個性やインパクトがなく、
ゲームのRPGでいう〝中ボス〟をぽつぽつ倒して回っているだけのような物足りなさもあった。
(まあそもそも、本作の主人公たちの目的は敵を〝倒す〟ことじゃなく〝欺く〟ことなんですが)

でもいいんです。
もうなんだっていいんです。
細かい点をあげつらってはみましたが、
そんな瑕疵全部ひっくるめても私はこの作品が好きです。
あばたもえくぼ。
物語に惚れるっていうのはそういうことです。

ある作家の処女作をして、人は必ず
「著者の原点であり、著者のすべてが詰まっている」と言いますが、
本作はそんな言葉そのまま、福井晴敏氏の〝原点〟だと思う。
後の大作
〝亡国のイージス〟
〝終戦のローレライ〟
〝Op.ローズダスト〟
短編集
〝6ステイン〟
の起源となったに違いない部分が、本作には随所に出てくる。
〝川の流れは〟から枝分かれし、やがてその本流をも凌駕する壮大な流れとなって
走り出した支流が、きっとこれらの物語なんでしょう。
福井ファンで本作未読の人は、そんな〝原点〟を見つけながら読み進めるのも
楽しいと思います。

最後に皆さんに心理テストを。

あなたの目の前に川が流れています。深さはどれくらいあるでしょう?
1、足首まで。
2、膝まで。
3、腰まで。
4、肩まで。

答えは本作で^皿^

今も抱いている。



11年前に起こったハイジャック事件の人質だった聖子は、小学6年生となり、
那覇空港で命の恩人と再会を果たす。そこで明かされる思わぬ事実とは…。
「月の扉」事件のその後を描く。座間味くんが活躍する7編を収録。 

★収録作品★

 貧者の軍隊
 心臓と左手
 罠の名前
 水際で防ぐ
 地下のビール工場
 沖縄心中
 再会

***

個人的に大好きな作品である



の続編です。

前作で顔見知りとなった大迫警視と座間味くん(あだ名)、
今はたまにぶらりと飲みに行く仲。
酒の肴に大迫が語る解決済み(のはず)の事件に隠された真相を、
座間味くんが独自の視点と持ち前の頭脳で次々と解き明かしていく。
主人公を過剰に持ち上げて描く癖のある石持氏にしては珍しく(なんて言うと失礼ですが)
本作の座間味くんは背伸びのない等身大の魅力に溢れ、
物語の一つ一つも短編らしく小気味よく、それでいて印象に残るものも多くて、
とても面白く読むことができました。

話ごとのレビュー↓

◆貧者の軍隊◆

オーソドックスな本格ミステリといった感じ。
その年の傑作ミステリ短編を集めたアンソロジー〝ザ・ベスト・ミステリーズ〟にも
収録されている作品なので、物語の質は保証つき。
まあ悪く言ってしまえば、可もなく不可もなくなのですが。

◆心臓と左手◆

思いつきそうでなかなか思いつかないようなトリックが秀逸。
表題作だけあって、作中一まとまりがありインパクトも強かった。
今の時代だからこそできる犯罪。自分も試してみたくなってしまった(←危険因子)。

◆罠の名前◆

ラブストーリー+ミステリ、といったところ。
表題作と同じく、まずはそのタイトルセンスに感嘆。
石持氏はタイトルつけが非常にうまく、自作小説にイモタイトルしかつけられない私としては
羨ましい限り。
ストーリーも十分に面白く、そしてちょっと切ないです。
女性におすすめかな。

◆水際で防ぐ◆

著者の社会への皮肉りを感じる一品。
ミステリとして捉えるよりも、作中に込められた石持氏の思惟を汲み取って読むのが
楽しい。

◆地下のビール工場◆

座間味くんの発想の逆転には大いに意表を突かれましたが、
これもミステリとしては正直どうかな?
むしろほんのりホラーテイスト。

◆沖縄心中◆

本作で一番納得いかなかったのがこれ。
人間の心理描写がグチャグチャで不自然。
こんな心の動き方するヤツいないだろ~? と突っ込み入れながら読んでました。
連載後期に来て石持氏もしや息切れ?

◆再会◆

冒頭の少女のモノローグが美しいです。惹き込まれた。
でもだからこそ、作中に仕掛けられた謎&その種明かし部分の分かりにくさが残念。
本シリーズの締めであり、座間味くんと前作で彼が救った少女の再会という深いテーマも
孕んでいるのに、全体に薄っぺらで著者の言わんとすることも今ひとつ掴めなかった。
そもそもこの短編だけは理詰めじゃなく、ストーリー重視で描いてほしかったな。
座間味くんもうちょい空気読めよと。



なんだかんだ言っておすすめですが。
表紙も前作に引き続き美麗です。
あー座間味くんみたいな打てば響く頭脳の持ち主と友達になってみたいな。
彼はつくづく魅力的なキャラだ。
「カッコいい? あたしが?」
「うん。すごく」




高給優遇、初心者歓迎…求人広告の誘いに乗って、桃子はアルバイトの面接に行く。
ところがその会社、入ってみると社員は変人揃い、しかも事件・事故現場専門の清掃会社だった。
テレビ朝日系ドラマ化原作!

★収録作品★

 おわりの街
 赤い衝撃
 ファンハウス 
 ブラッシュボーイ
 
***

テレ朝で放映中のドラマの原作。
ドラマのほうは観たことないですが、登場人物や設定等はだいぶ異なるみたいですね。
著者の加藤実秋氏はドラマ化を前提として本作を執筆したようですが、
ここまで別物になっていてハラ立たないのかなと余計な心配してみたり。
(ちなみにドラマのほうはどうも海外ドラマの〝トゥルーコーリング〟に似ている。
原作はほんのりPSゲーム〝エコーナイト〟風)

話変わって加藤実秋氏はかなり好きな作家さんです。
舞台が渋谷等の繁華街だったり出てくるキャラがホストだったりで
どうも〝軽い〟イメージを持たれがちな氏の作品ですが、
文章力や構成力、キャラの造形はここ最近の作家の中では抜きん出ている。
男性作家の書く女性は、あくまで〝女〟でしかなく、人間味皆無ということが
私の知る限りでは多いですが、加藤氏の描く女性は人間的魅力に溢れ
それでいて可愛らしく、女の私でもほれそうになる。
本作の主人公の桃子もむちゃくちゃ個性的でかわいいです。友達になりたい。
同性にもそう思わせる女の子を生み出せる加藤氏はすごいと思う。
桃子の同僚の未樹も、フェロモンブリンブリンのギャルだけど決してそれだけじゃない
愛すべきキャラだし。

内容に関しては、非常に面白くよく出来た作品だとは思いますが、
インパクトや物語の深みは氏の前著のほうが上だったかな。
人と人の絆がクサくなく描かれていていい感じだし、スピード感があって読んでいて爽快だった。

 

本作ではそんな人情や疾走感も弱まり、ラストも
どうせ続きを匂わせるような終わり方にするならもうちょっとさわやかにするか
いい意味で緊迫感漂う感じにすればいいのに、
どこかホラー的ですらある後味の悪い(というかちょっと分かりづらい)終わり方だし。
(交差点での〝別れ〟のシーンで締めておけば個人的にはよかったんじゃないかと思う)

でも読んで損はないです。
ミステリに興味のある人は入門書として手にとってみるといいかも。
世界から疎外されている。
世界に囚われている。



「ポンパ!」 突如失踪してしまった叔父が発する奇声!
アパートに残された叔父の荷物を引き取りに行った主人公は、そこで叔父の残した日記を見つける。
現代において小説を書く試みとは何なのか?
その創作の根源にある問いに、自身の言葉を武器に格闘し、練り上げられていく言葉の運動。
精緻にはり巡らされた構造と、小説としての言葉の手触りを同居させた、著者の大胆な試み。
読書家としても知られる各氏をうならせた、驚異の才能のデビュー作!

***

私は集団で会話するというのが苦手で、
何故かというと会話というものは人数が多ければ多いほど
話されるテーマが単純になり流れの細かな修正も利かず、
まるで予め決められた脚本通りに喋っている気がしてきて怖くなるからなのですが
(話し相手たちがロボットみたいに感じられるというか、
自分たちをマリオネットのように操っている見えない上位次元の誰かの存在を感じるというか)
私にとってのその〝集団〟が〝世界〟にまで膨らんでしまったのが
本作に登場する主人公の〝叔父〟なのではないかと思う。

自意識が過剰な人間にとっては、
まるで芝居をしているような瞬間、つまり自分が素の自分でなくなる瞬間というのは
(たとえば恋人相手に、ただの〝人間〟としてではなく〝性〟ある自分として接するとき、
もしくは勤務中等、パブリックな自分として行動しているとき、
要するに〝作られた舞台〟の中に身を投じなければならなくなったとき)
ひどく苦痛であり生理的嫌悪感すら伴う。
〝叔父〟が夫婦でくつろいでいるときに奇声を発するのはそういった感情の所以だと思う。
現実世界で展開されるうすら寒い三文芝居を打破するため、
その場の雰囲気や会話の流れに沿わない言葉を敢えて口にする。
つまり〝アドリブ〟。そうすることで見えない何かに抵抗する。

〝凡庸〟とは確かに怖いもので(才能やルックスや肩書の話じゃなく、あくまで〝人〟として)、
私も正直先の読める言動しかしない人間には尋常ならざる嫌悪を感じることがある。
なので近所でその日の天気やつまらない噂話しかしないおばさんに話しかけられたり
異性とファッションの話だけして十分楽しそうな友人と会ったりすると
決して大げさでなく恐怖で脂汗が流れる(←先日友人宅でその発作に見舞われ
恥ずかしくも泣き出してしまいみんなにどうしたんだと驚かれた。どうにか誤魔化した)。
冠婚葬祭等の改まった席でも、
自分がアドリブの一切利かない空間に押し込められたことに対する苦痛と
周囲の人間の決まり切った機械的・芝居的所作に耐えられず叫び出したくなることがある。
本作の〝叔父〟はそういった傾向が私よりずっと顕著で
ハトにエサをやる老人相手にすら精神的発作を起こす人間であり、
その凡庸なもの・芝居めいたものに対する恐怖心や嫌悪の度合ははかり知れない。
読んでいて苦しくなる。

そういった意味ではこの小説は、自意識過剰な人間にしか理解できない、
非常に読み手を選ぶ小説であると思う。
ただ、うまく〝叔父〟にシンクロできた読者は、自分の中のもやもやをはっきりと文章に
してもらえたようで安堵を感じることは間違いない(私がそうだった)。

敢えてドキュメンタリータッチで書かれた本作、ノンフィクションとしての体を貫くならば
〝あの日~〟といったいかにも小説的(作中の言葉を借りていうならば〝作為的〟)な表現も
省いたほうがよかったのではと思うけれど、
やはり本質はあくまで小説である以上、そのあたりはしょうがないのかな。

純文学は客観的な感想が難しいですが、私にとっては良作でした。
上記の私の経験談を読んで引かなかった人、むしろほんの少しでも共感してくれた人には
おすすめします。

俺の過去はどこにある?



その水を飲むと過去を忘れてしまう忘却の川・レテ。
怜治はS大医学部で脳を研究している友人山村が記憶を消去する装置を開発中だと知り、
自分の記憶を消す決意をする。それは一世を風靡したバンド「レテ」のボーカルとして活躍した
栄光の二年間の記憶だった。
だが、過去と決別した怜治に連鎖するように、次々と奇妙な出来事が起きる!
前代未聞のアイデアと圧倒的なストーリーテリングで読者を魅了する驚愕の記憶ホラー。
第十一回日本ホラー小説大賞長編賞佳作。

***

出だしを読んだときはかなり期待したのですが。。。
421Pを読み切ったという無意味な達成感しか結局は残らなかったというのが正直なところです。

淡々と整いすぎていてまるで資料集を読んでいるようだった同著者の乱歩賞受賞作



よりもエンターテインメント性が強く、単純な面白さだけでいえば
本作のほうが上なのですが、
なにぶんデビュー前の著作であるためか筆遣いや展開にかなり瑕疵が多い。
山田〇介並に拙い文章が頻出するし
(ほかにも〝~が鍵となる〟という表現や、
忘却の川をテーマにした話であるためか〝川〟に例えた比喩表現が多過ぎだったり)
登場人物の心理や物語の流れがぎこちなくて不自然だし
(例えば中盤では主人公が知らないはずだったことが終盤では前から知っていたかのように
描写されていたり、
新しいエピソードや人間がすべて唐突に出てくるので全体の統合性が無茶苦茶だったり)
キャラがあまりに主人公に都合よく動き過ぎていてまるでマネキンのようだし。
(主人公にホレている二人の女性があんなにあっさり仲良くなってしまうのは
いくらなんでも不自然過ぎるのでは)

瀬名秀明氏や鈴木光司氏のようなサイエンスホラー的展開も、
著者の独特な世界設定は確かに斬新で面白くは読めるものの
よくよく考えるとかなり矛盾点が多く、
またその世界観を説明するシーンにしても、やはり理系作家に比べると
筆が拙い印象は否めなかった。
(読みながら「著者の早瀬氏はたぶん文系の人だな」と感じてあとで見てみたら
やはり文系だった)

同じ日本ホラー小説大賞の佳作受賞作ならば、
こちらのほうがずっと面白かった。



あと、最低限量子力学の知識がないと本作はすんなり読めないです。
これから手にとるつもりの人は、せめて〝シュレーディンガーの猫〟ぐらいは
知っておくと吉。
中から、出さない。

 

アジアの西の果て、白い荒野に立つ矩形の建物。
いったん中に入ると、戻ってこない人間が数多くいると伝えられている。
その「人間消失のルール」とは?謎を解き明かすためにやってきた4人の男たちは、
果たして真相を掴むことができるのか?
異国の迷宮を舞台に描かれる、幻想的な長編ミステリー。 

***

アジア西の果て、それでイラクとの国境線に近いっていったら
おそらく舞台はイランでしょうか(作中では明確にされていませんが)。

まあとにかくそんな場所に建つ、豆腐そっくりの怪しげな建物。

tohu.jpg




←こんなん




ここ300年の間、その中に足を踏み入れた人間が忽然と姿を消してしまう事件が続発。
呪い? それとも人為的な力?
消失する人間としない人間の違い、そして神隠し現象発動の法則は?
それらの謎を解き明かすために、
オカマイケメン、小太りインテリ(いずれも日本人)、米国軍人、インテリ現地人の4人が
議論を戦わせMAZE(迷宮)の探索を重ねていきます。

仕掛けのある建造物を舞台に展開する本格ミステリ(綾辻行人氏の館シリーズや、
島田荘司氏の後期御手洗シリーズのような)かと思いきや、
物語中盤で探偵役の満が展開するのは超自然的なトンデモ推理。
しかし妙にリアリティがあり、読み手の恐怖を煽りながらも否応なしに作中に引き込んできます。

だからこそラストをああいったSFオチにしないでほしかったと個人的には思うのですが
(現実と非現実の間でいい感じに振れていた針が一気に非現実に傾いてしまい少し興醒め)
著者の恩田さんの作品には〝途中までミステリ、オチはSF〟といった体のものが
かなり多いので、それを念頭に置いて読むべきだった。
そうすればラストシーンは印象的かつ感動的なものとして受け止められてただろうにな。
本格推理だと思って読んだのが間違いでした。
ダ・ヴィンチ・コード的なエンディングを本作に期待しては駄目です。

それと細かい部分なのですが、破綻箇所がいくつかあったのも気になってしまった。
例を挙げると(ネタバレにつき薄字で)
★人間消失トリックに関する満の推理
 …〝侵入してきた男が最後のオスだと困るから、一人で入ってきた場合は殺さない〟
 ならどうしてロバートは消えたのか? 彼が最後のオスだった場合、MAZEが彼を
 取り込んだ時点でオスは全滅してしまうことになる。
★幻覚について
 …同じ麻薬を同時に服用したからといって見る幻覚まで同じということはない。
 なのになぜ満と恵弥はまったく同じ幻覚を見たのか?
 (それともこの不自然さも後のSF的展開に説得力を持たせるための伏線なのかな。
 現実にありえない空間なら現実にありえない植物が生えていても不思議じゃないし)

モチーフは面白く物語の緩急のリズムが絶妙なのであっという間に読み終えましたが、
〝佳作〟の範疇は出ないかな、というのが率直な感想です。
でも文章からにじみ出す独特かつ壮大な世界観は読んでいてとても心地よかった。
何だかPS2のゲーム〝ICO〟を連想したな。
「世界には銃声よりも音楽の方が似合う。そうお思いでしょう?」



1993年、夏。カンボジア。
NGOのスタッフたちが地雷除去を続ける中、突然の地雷の爆発音が轟いた。
これは、純然たる事故なのか?
表題作を含め、「対人地雷」をテーマにしたミステリー6編と、処女作短編を収録。 

★収録作品★

 地雷原突破
 利口な地雷
 顔のない敵
 トラバサミ
 銃声でなく、音楽を
 未来へ踏み出す足
 暗い箱の中で

***

率直に言って石持浅海氏は、
大好きであり同時に大嫌いでもある作家さんです。
この複雑な愛憎模様(笑)の理由は、氏の著作には
大いに惹かれる部分と腹立たしいほど気に入らない部分の両方が揃っているから。

まず後者の具体例を挙げると、
石持作品は
★登場人物がやけに持ち上げられて描かれる
 …その言動から十分に魅力は読み取れるのに、
 「彼は天才だ」「ただ者ではない」
 等と過剰に地の文で説明する。
 &カリスマ設定のキャラが全然そう見えないことも多い。
★議論があさっての方向にいく
 …事件の真相について登場人物たちが推理する際、
 その議論がまったく見当違いの方向へ発展することが多々ある。
 (ズブの素人でも決して迷い込まないだろう方向へ)
これさえなければ大好きなのに

ちなみに↑の2つ目は本作収録〝銃声でなく、音楽を〟に顕著。
「そんなまわりくどい議論しなくてもとっとと○○○○を○○れば(ネタバレにつき伏せ字で)
1分で解決するんじゃ。。。
「たったそれだけの材料からどうしてそんな超推理が。。。
と心中でツッコミ入れながら読んでしまった。
(というかこの短編はそれ以外にも何かとおかしい。
文章が雑だったり、〝美談〟として書かれている話が別に美談でも何でもなかったりetc.)

でも全体で見れば良作です。
「対人地雷廃絶!」という著者の主張がちょっと前に出すぎていて
〝物語〟でなくなってしまっている部分もあるにはあるけど、
その主張にうまくミステリを絡めることで
〝地雷〟という兵器の残酷性を読む者に伝え、興味を持たせ、真剣に考えさせる、
そんな力を秘めた小説であることは確かだと思う。
(〝利口な地雷〟読了後、私もしばらく対人地雷というものについて考え込んでしまったし)

石持氏が物語に織り込むテーマやそのテーマの下で行動し思考するキャラたちは
毎回魅力があって大好きなので(それが私がぶちぶち文句言いつつも氏の新作が出るたび
手にとってしまう理由でもある)、その点は本作も非常に楽しませてもらいました。

ちなみに
〝地雷原突破〟
〝利口な地雷〟
〝暗い箱の中で〟
の3作は氏のデビュー前の著作。
そうとは思えないほど文章がしっかりしてる。尊敬するなー

ちなみに(again)
私的に一番おすすめの石持作品はやっぱりこれ↓



大好き通り越して崇拝さえしています。
(どうやらカリスマらしい男性が全然カリスマに見えない点をのぞいて)
石持作品といわずこれまで読んだミステリ小説の中でも1、2を争うほどに好きな作品。
蛇足ですが表紙は文庫版より新書版↑のほうがきれいです。
「そういうことあっても……悔やんでても、ひきずってても、きれいに笑えるんだな。
そうでなきゃな……そういうとこ、なきゃな……」



凄惨な連続殺人が発生した。
独り暮らしの女性達が監禁され、全身を刺されているがレイプの痕はない。
被害者の一人が通っていたコンビニでの強盗事件を担当した女性刑事は、
現場に居合わせた不審な男を追うが、突然彼女の友人が行方不明に…。
孤独を抱える男と女の、せつない愛と暴力が渦巻く戦慄のサイコホラー。
日本推理サスペンス大賞優秀作を新たな構想のもとに、全面改稿。 

***

〝サスペンス〟と銘打ってはいますが、
事件そのものよりもその事件を取り巻く人間たちの内面に主眼を置いたストーリーは
ある種〝純文学〟に近い。
(巻末の選考委員選評にも
〝登場人物がすぐ内省に入ってしまうので物語がなかなか展開しない〟
的なことを書かれていた気がするし←読んだのがだいぶ前なのでうろ覚えですが)

13年前の作品なので登場人物のルックス等に多少古めかしい点はあるものの
(主人公の青年が長髪をうしろで一つくくりにしていたりとか)
人の心に巣食う闇や孤独や汚さといった本質的な部分はそうそう変わるはずもなく、
そういったものを抱えるキャラたちのリアルな感情の動きに
十分共感しながら読み進めることができます。

〝サイコホラー〟の割に猟奇殺人犯の猟奇っぷりがあまり大したことがないので、
(単にサイコ・ミステリを楽しみたいのなら以下の二つを読んだほうがいい)

 

本作は〝人が人であるが故の葛藤&そこからの脱却〟を描いた作品として読むのが吉。
自分の汚さや過去に犯した罪に苦しんでいる人は、読むとほんの少し救われます。


注:
上記レビューは単行本のものです。
文庫版は多少内容が食い違っている可能性があるのであしからず。
(著者の天童荒太氏は著作が文庫化する際に大幅な加筆・修正を行う人として有名です)

おまけ:
今月11日WOWOWでドラマ版が放映されるようなので興味のある人はぜひ。
私も観てみようかなあ。
プロフィール
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kovo
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女性
自己紹介:
80年代産の道産子。本と書き物が生きる糧。ミステリ作家を目指し中。
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