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読書&執筆ホリックの書評&書き物ブログ。
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「地獄があるとしたらここだし、
天国があるとしたらそれもここだよ。
ここがすべてだ。
そんなことにはなんの意味もない。
そして僕はそれが楽しくて仕方がない」




春、「しるし」を身にまとう少女と出会った。
痛みを抱えた少年の目に映る風景とは――

***

川上未映子さんの著作=歌うようなリズム感のある関西弁の一人語り口調。
そんな観念を吹き飛ばされた。
最新作である本作は、少年の一人称ではあるものの標準語で書かれており
文体もごくオーソドックス。彼女にしては非常に珍しいことなので初めは驚いたものの
次第に書き方のスタイルを変えても健在なその文章の達者さのほうに驚かされた。

いじめの描写は正直リアリティがない。
確かにこういういじめは存在するんだろうなというのはわかっても、
眼を背けたくなるまでの凄惨さは伝わってこない(田中慎弥氏の〝冷たい水の羊〟は
読んでいて知らず顔が歪むほどだったけど)。
そもそも小学生時代いじめを受けていた立場から言わせてもらえば、
いじめられて自尊心が地にまで落ちている子供が
自分と同じ立場の子と仲良くすることはプライドの面から考えられない。
でも本作の主人公はとても素直で優しい子なので、同じいじめられっ子であるコジマを
あるがまま受け入れたのかもしれない。

主人公は幼いころから斜視で、視界に入るものすべてが二重に見えてしまうのだけど、
その焦点の合わなさ、物事を凝視しない曖昧さが、
結果的にはこの子を真の闇から救ったのかもしれないと思う。
腕に負った傷に動揺することなく、笑って誤魔化した彼の母親のように。
己の痛みに過剰に真っ直ぐに向き合ってしまったコジマは、結局ああいうことになってしまった。
ラスト、世界の本当の姿を知った主人公が、これからどういう道をたどるのか、
コジマと同じ道を行かずに済むのか、いや決して行かずに済むよう、心から願ってやまない。

いじめに立ち向かえと世間は言うけど、
もしまともに対峙すれば下手をすると潰されてしまう。
場合に応じて逃げたり媚びたり、臨機応変に流すのがきっと一番いい。
いじめは本作の登場人物である百瀬が言うとおり一時的な波のようなものなので、
終わるときが必ずくる。それまで無闇に波に立ち向かったりするようなことはしないで、
その波の中にたゆたっていればいい。時には大波をかぶることがあっても、
それもずっとは続かない。
浮き輪やボートがなきゃもう無理だと思えば素直に救助を求めればいい。
皆超能力者じゃないんだから「助けて」は口に出さないと伝わらない。

いじめはブームだ。
一人を集中していじめていても、しばらく経てば皆飽きる。
そしてまた新たなターゲットを探す。
やるせないけどどうしようもない残酷なブームだ。

。。。それにしても作中の百瀬、序盤から描写にやたら気合が入ってるなと思っていたら、
川上さんが一番こだわったという台詞を言うのもやはり彼だったか。
たぶん川上さんは彼が一番のお気に入りなんだろうな。
私も本作で百瀬が一番好きで、でも本作で百瀬が一番怖い。

ちなみにその台詞、初めはこうだったそうです。

「地獄があるとしたらここだし、
天国があるとしたらそれもここだよ。
そしてそんなことにはなんの意味もない」

誰かと二人で地獄にいるのと、
たった一人で天国にいること、
いったいどちらが幸せなのか。
本作を読み終えてから、ずっと考えているけど答えが出せない。
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80年代産の道産子。本と書き物が生きる糧。ミステリ作家を目指し中。
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