私は最上俊平、私立探偵である。ペット専門の探偵ではないのだ。
ある日、若く美しい女性が事務所を訪れてきた。
ペット捜しなら、もう――「うちの猫を捜してほしいんです」
はい喜んで。一ヶ月ぶりの仕事ではないか。
しかもそうこうするうち、「ブロンドで青い目の若い」秘書まで雇えることに。
え、な、なんだこいつは!?
おまけに猫捜しも、ただの猫捜しではなくなっていくのだった……
あの名作『ハードボイルド・エッグ』続編!
***
前作〝ハードボイルド・エッグ〟の帯に
「感涙必至! 決して電車の中で読まないように」的な注意書きがあり、
ひねくれものの私は「そんないかにもお涙頂戴な小説で泣くものか」と
憎たらしく鼻で笑い飛ばしながら読み始めたのですが、終盤で
まんまと号泣。
一ページ目から爆笑シーンてんこもりなせいで、
よけいこのシリーズは泣かせどころが涙腺に来るのです。
(塩をふりかけたスイカのごとく)
そう、この〝エッグシリーズ〟、基本的には〝コメディ〟ミステリ。
今回も冒頭からハラが痛くなるほど笑わせてもらいました。
小説で爆笑するなんて夏目漱石の〝坊ちゃん〟以来。
〝明日の記憶〟等シリアスな著作も多々ある荻原氏ですが、
やっぱりこの人といえばユーモアだよなあ、と本作を読んで改めて実感。
何というかもう〝物語〟以前に〝文章〟が面白いのです。
これって実はすごいことだと思う。氏の才能のほどが伺えます。
どうしようもなくカッコつけてるけどどうしようもなくお人好し、
とぼけた性格をしてはいるけど
卵みたいに他人を拒絶する殻もかぶっていれば
悲しい過去を白身が黄身を包み込むように隠してもいる。
それでもぺしゃんと潰れてしまわず
ペット捜しにコロコロとあっちこっち転がりまわる柔軟でしぶとい固ゆでたまご。
そんな探偵・最上俊平のキャラも、男女問わず好きにならずにいられない。
前作の彼の相棒は80過ぎのおばあちゃんでしたが、
今回は十代のギャル・茜。
前作と同じくやはり一筋縄ではいかない相手ですが、
このでこぼこコンビのやり取りは微笑ましくユーモアもあって絶妙。
ただちょっと彼女の出番が少なかったことと、
彼女の喋りが80年代のスケバンぽくて違和感があったのがアレでしたが、
それでも十分に魅力的で愛せるキャラです。
というかこの物語の登場人物はみんながみんな愛すべきキャラすぎる。
どうしようもなく。
前作で最上俊平には孤独から脱して幸せになってほしいと思っていたので、
今作の希望を予感させるラストには満足しました。
サニーサイドアップ。
彼はようやく卵の固い殻をやぶって目玉焼きに昇格できたのかもしれないな。
私は素晴らしい小説に出会うと
読み終えたあとに(スタンディングオベーションのごとく)拍手をしてしまうという
妙な性癖があるのですが、
本作にも惜しみない拍手を送ってしまいました。
久しぶりにそうしたいと思える物語にめぐり合えた。
ものすごくおすすめです。
一作目を読んだことない人は是非! こっちも一緒に読んでね。
友情、片思い、ときどき死――。
さっきまで元気だった陽介が目の前で死んだ。
愛犬はなぜ暴走したのか?
飄然たるユーモアと痛切なアイロニー。
青春ミステリー傑作。
***
大好きな作家さんです。
今回の話もとても面白く一気読み。
ただ、これまでのすべての道尾作品に共通する
意外性&ダークな迫力が本作には感じられず、
その点は少し物足りなかった。
敢えてそういう部分を抑えて書いたのかもしれないけど、
短編〝流れ星のつくり方〟なんかは
淡々としたストーリー運びながらもものすごいインパクトとやられた感があっただけに。
作中に伏線を配置するバランス感覚とそれを明かすタイミングも、
相変わらず天才的ではあるものの
肝心のトリックに「そりゃないだろ」と言いたくなるラインギリギリのものが
多かったことにも不満が残った。
(誰かが誰かを大切に思うが故に起きてしまった悲劇、
というコンセプト(動機)も、今となっては使い古された感があるし)
前作〝片眼の猿〟に比べ文章が拙くなっているのも(まあこれは自分が
小説を書いているからなのでしょうが)気になったし。
でもやっぱり、キャラを個性的&魅力的に描写する手腕にかけては
この著者本当に素晴らしい。
男性作家の書く女性は概してステロタイプになりがち(というか
〝女〟としての面しか描写されない印象)だけど、
道尾氏は女性を〝女性〟としてだけじゃなく〝人間〟としても書ける人なので、
同性の私から見ても魅力を感じる。
男性にも〝異性〟としてだけじゃなく、人間的に惹きつけられる部分があるし。
そして何より〝おっちゃん〟。
どうして道尾氏の描く中年男性は毎回ああもいきいきしてるんだろう?^^;
個性的すぎリアルすぎユーモラスすぎ。身近にモデルでもいるんだろうか?
本作に登場するエキセントリックな大学教授・間宮も、
相変わらず道尾節炸裂でかなり笑わせてもらいました(そして惚れた)。
たぶんこの著者は人間が好きなんだろうな。
人物描写に温かみがある。
どんないけ好かないキャラに対しても肯定の眼差しを感じる。
彼の著作に、それがどんなにドロドロのストーリーであっても
不思議と心地いい温度が漂っているのはだからでしょう。
ラストシーンはとても好きです。
本作は犬の動物的本能をトリックに用いたミステリですが、
ここでは人間のあるちょっとした〝本能〟が描写されていて、
それが読み手を「ああなるほどねえ」とニヤリとさせる。
〝人間の本能〟なんていうと浅ましく醜いものばかり思い浮かべがちですが、
このシーンで描かれているそれは微笑ましく、何だか感動もしてしまった。
トリックだけではなくストーリーも、「たぶんこう来るだろうな」というこちらの読みを
すがすがしいまでにことごとく外してくる道尾秀介氏の著作。
マイナス点のほうが多いかのようなレビューをしてしまいましたが、
あくまでこれまでの作品と比べての感想で、本作も傑作とまでは言えないものの
個性的で完成度の高い物語です。
おすすめ。
ゴシック様式の尖塔が天空を貫き屹立する、流氷館。
いわくつきのこの館を学生サークル『あかずの扉』研究会のメンバー6人が訪れたとき、
満天驚異の現象と共に悲劇は発動した!
第12回メフィスト賞受賞。
***
冒頭にかの島田荘司氏の著作〝斜め屋敷の犯罪〟の一文が掲げられているのを
不思議に思っていたのですが、著者の霧舎氏は彼のお弟子さんらしいですね。
理想の人間が御手洗潔の私としては羨ましい限り。
という戯言はまあいいとして。。。
小説家の〝弟子〟というのが具体的にどういうものなのかは知りませんが、
著者のデビュー作である本作、読んでいて〝島田荘司〟を彷彿とさせる箇所は少しもなかった。
それは素直にすごいと思う。
文体や作風が〝似てしまう〟という弊害を避けて
一人の作家から小説の書き方を学ぶのはかなり難しいことだと思うし。
ただ、かといって本作に特にオリジナリティ溢れる部分があるかといえばそうでもなく、
メフィスト賞受賞作にしてはむしろ地味なほど。
筆致・構成・キャラクター・ストーリー、そのすべてにおいてとりたてて真新しい部分もなく、
もうほんと典型的〝本格推理小説〟といった感じでした。
そして肝心の内容ですが。。。
正直私には楽しめなかった。
まず導入部分の〝謎の提起〟がひどく漠然としているので
(富豪の老人がミステリツアーを企画した理由が本当に復讐のためなのかどうかが曖昧、等)
ストーリーの主軸が見えず話に入っていきづらかったし、
全体的にあまりに突っ込みポイントが多いのも読んでいて少しつらかった。
(いや普通そこでそんな行動とらないでしょ、
それだけの手がかりからそこまで推理するのは無理でしょ、
そんなことに気づかない人間まずいないでしょ、
等理不尽な点が登場人物のほとんど(故人含む)に見受けられる)
建物を用いたトリックにしても、文章で読むには仕掛けが入り組みすぎていて
把握に時間がかかるせいで
「うわあそうだったのかあ!」
とすぐに驚けないし。
〝斜め屋敷の犯罪〟で使用されていたトリックは、同じ建物トリックでも
ひどくシンプルで分かりやすかった(かつ壮大だった)ため、
明かされたときには大声で叫んだものですが、本作にはその爽快感がない。
作中にばらまかれた謎に関しても、それぞれが妙にこんがらがっている上に
あまり興味を惹くものがないので、クライマックスで探偵役がそれら一つ一つを解き明かす
段になってもあまりテンションが上がらずぼんやりと読み飛ばすように読んでしまった。
そして何より一番きつかったのは、物語の端々で著者の〝顔〟が見えてしまうこと。
例を挙げていえば本作にはユイという女子高生が登場するのですが、
著者が彼女に萌えまくっているのがこれでもかとばかりに伝わってくる。
彼女の描写にやたら気合が入っていることからもそれが窺えるし、
主人公の青年と彼女のやり取りなんか、(やったことないですが)ギャルゲーのようで
読んでいて恥ずかしくなってしまった。
それ以外にも、探偵役がキメすぎだったり出てくる台詞がクサすぎだったり、
著者の意図(ああここで泣かせたいんだろうな、ここで(嫌な言い方ですが)
格好つけたいんだろうな、といった狙い)が過剰なまでに丸分かりなので、
小説じゃなく著者の日記を盗み見てしまっているような気分になることもしばしば。
某有名ブログにて、管理人さんがある小説をして
著者の「どうだ!」といった内面が全く現れていない。
それはすごい才能だと思われる。
と感想を述べていましたが、それでいったら本作は正反対。
なのでどうにも読みづらかった。
(有栖川有栖氏の著作も恋愛描写がすごいクサいけど、
書き手のあからさまな思惟みたいなものは感じたことがないなそういえば。
この違いは何なんだろう)
書けない作家さんでは絶対にないとは思いますが、
たぶんしばらくは彼の著作は手にとらないかな。。。
これが茶番でなくて、なんだ。
本年度、江戸川乱歩賞受賞作!
眠れるスパイ「沈底魚」が動き出した。正体は大物政治家か、それとも中国の偽装工作か。
真相究明に暗闘する刑事たちの姿をリアルに描いた、本格公安ミステリー!
***
ミステリ系文学新人賞最高峰の賞である〝江戸川乱歩賞〟。
とはいえ本格推理の賞ではないので
「これのどこがミステリ?」と首を傾げたくなる受賞作があることには今さら
突っ込んだりしません。
問題なのは〝ミステリ性〟ではなく、近年の受賞作に
〝エンターテインメント性〟が欠けてきていることだと思う。
文章も構成も飛びぬけて秀逸。
でも、読後抱く感想はといえば
「達者だなあ。。。」
「巧いなあ。。。」
であって、決して
「面白かったなあ。。。」
じゃない。
作文技術の素晴らしさににため息は出ても、
それはあくまで著者自身に対する評価で、物語への賛辞じゃない。
〝東京ダモイ〟しかり〝三年坂 火の夢〟しかり、最近の乱歩賞は、読んでいても
〝小説〟じゃなく、〝脚本〟とか〝資料集〟と向き合っている気がしてしまうのです。
同じ乱歩賞受賞作である
といった一連の作品がベストセラーになったのは、
若い年齢層や普段本を読みつけない人にも手に取りやすい文章の読みやすさや
物語の分かりやすさがあったことはもちろんですが、
何より読んでいて手放しで「面白い」と思えるエンターテインメント性があったから。
魅力溢れる登場人物たち、
次第に盛り上がりを見せる展開、
それらに魅せられのめり込んでしまいページを繰る手が止まらない。。。
そうなってしまうのは、その小説が〝物語〟だから。
でも〝脚本〟や〝資料集〟を読んでそんな風になる人はいない。
なぜならそこには〝物語〟という魂が込められていないから。
なんて書くと近年の乱歩賞受賞者に対して失礼であるのは承知ですが
(著者が自身の作品に魂を込めて書いていることもよく分かっているつもりですが)
本作〝沈底魚〟にも、私はやはり〝物語〟を見出すことはできなかった。
個性はあっても魅力に乏しいキャラクター、
あまりに淡々と、淡々と進むストーリー。
作中の要である〝芥川〟や〝若林〟という人物にしても、あまりに描写が浅く
彼らに関するある真相が解明されたところで何ら特別な感情が湧かない。
彼らがあまりに自分の中で〝他人〟すぎて、「ああそうだったんですか」としか思えない。
それは本作のほとんどのキャラ、ほとんどのエピソードについて同じことが言えた。
あともうちょっと掘り下げて書いてくれさえすれば一気に輝き&インパクトを増す要素で
構成された小説であるだけに、すごくもったいないなと思う。
〝起承転結〟もないに等しいので、読む側のテンションも終始平坦なまま。
ゲーム〝テトリス〟で例えるなら、
ある一つのピース(手がかり)をきっかけに何重にも積みあがったブロック(謎)が
連鎖・連鎖・連鎖でどんどん消えていって最後に何もなくなる(=真相解明)のが
醍醐味なのに、本作の場合は最後まで
〝一つのピースが一つのブロック列を消す〟の単調な繰り返し、といったような。
そしてゲーム内にはプレイヤーの士気を煽るBGMが一切流れておらず無音。
そんな印象だった。
敢えて〝物語〟として捉えても、
以前どこかで読んだことのあるようなシーンが多く、
登場人物たちも主人公に都合よく動きすぎている気がした。
ラストも、小気味よく爽快で私的には好きな終わり方ではあるけれど、
よくよく考えるとご都合主義だし。
主人公が能力・性格共にごく平凡な人間であるにも関わらず
ある大人物にやけに買われていたり
人嫌いの部下に慕われていたりすることについても
最後まで納得のいく描写がなく違和感が残った。
エスピオナージというジャンルは大好きで読むのを楽しみにしていただけに残念。
決してつまらないとは思わないし非常に実力ある作家さんだとも思いますが、
やっぱり私は〝物語〟を読みたかった。
むしろ、個性溢れる人生を送っているらしき著者の自伝のほうが面白そうだな
などとも思ってしまった。
〝日本ホラー小説大賞〟も、乱歩賞と同じで最近エンタメ性が薄れてきてるよなあと
ここのところ思っていたのですが、本作著者の曽根氏、あちらでも受賞されてるんですね。
どちらの賞も、〝エンタメ性〟〝物語性〟はもう求めていないということなのかな。
何だか少し寂しい気がする。
「ユーモアと心理学と不条理と論理を駆使した超絶推理!」
二階堂黎人氏、仰天!
ここはメンタル・クリニック<なみだ研究所>。
新米臨床心理士として働くぼくこと松本清は、最近目眩(めまい)に悩んでいる。
あいつ、波田煌子のせいだ。
貧相な知識にトボけた会話。こっちが病気になりそうなのに、
なぜか患者の心の悩みをズバリと言い当て、その病を治してしまう。
本当に彼女は伝説のセラピストなんだろうか。
そして今日もあの不思議な診療が始まった・・・・・・。
★収録作品★
アニマル色の涙
ニンフォマニアの涙
憑依する男の涙
時計恐怖症の涙
夢うつつの涙
ざぶとん恐怖症の涙
拍手する教師の涙
捜す男の涙
***
典型的〝本格推理もの〟。
サイコセラピスト波田煌子(なみだきらこ)も、肩書きがそうであるだけで
やっていることは完全に〝(安楽椅子)探偵〟だし、
語り部である彼女の助手の臨床心理士・松本もワトソン以外の何者でもない。
著者の鯨氏のこれまでの作風から、ラストにとんでもない暴走が
待ち構えているかもと怯えながら読んでいましたが(笑)、
そんなことはなく、ごくオーソドックスかつ良質の推理小説でした。
文体や扱われている事件も比較的軽めなので、
ミステリに興味のある人の入門書としてもいいかも。
それにしても。。。
〝探偵事務所〟の代わりに〝メンタル・クリニック〟を、
〝依頼人〟の代わりに〝患者〟を、
設定として持ってくる著者のセンスは素晴らしいとしか言いようがない。
煌子が解き明かすのはテレビのニュースで取り上げられるようなものじゃなく、
あくまで〝患者自身の中で起きている事件〟。
やや強引な推理もあるにはありますが、
彼女が持ち前の独特な思考回路を駆使して患者の悩みの根源を見抜き
彼らを心の闇から解き放つ様は見ていて爽快。
(まあ実際には、原因を理解しただけで救えるほど生易しいものじゃないけど、
それを言ったら野暮だしね。。。)
随所に盛り込まれた心理学うんちくも、初心者にも理解しやすいように
非常に分かりやすく書かれており、誰が読んでも楽しめるはず。
ところどころに地雷のように潜んだギャグにもさんざん爆笑させられました。
最終話のどんでん返しも、
一話目からちゃんと読み進めていれば「ああやっぱりそう来たか」と予測はついて
しまうものの、それでもやっぱり感動させられる。
次いで最後のページで明かされるある〝真相〟。
波田煌子が患者の謎を解き明かすたびに流す涙は、
やはり患者への深い共感と、救いたいと心から願う優しさから来ているんだなと
(しかもそのためには自己犠牲も厭わないんだなと)
思い知りこっちまでちょっと泣けてしまった。
波田煌子シリーズは本作以外にも二つ出ているので、それも近々読む予定です。
蛇足:
作中に出てくる精神療法の一環である〝サイコドラマ〟、
以前観たこの映画
がそれに近いことやってたなそういえば。
これも〝サイコドラマ〟だったんだろうか。
今度また観てみよ。
蛇足2:
本書の最後に書かれていた〝参考文献〟に
〝和風のお菓子〟と〝緑茶入門〟があったのが
何ともほほえましかった。
鯨統一郎さん好きだ@
「いつまでも痛いのは嫌だろう?」
密室と化した図書館内で女性が短剣で貫かれる。周囲には七芒星の模様が。
城から六人の男が消失、首を切られ、辿り着けるはずのない湖で発見される。
さらに頭部を失くした人間が突然現れたり、人の出入りのない状況で四体もの死体が消える。
恐るべき不可能犯罪の運命的な連鎖を描く本格ミステリ。
***
北山氏の〝城〟シリーズ、
巷では〝『アリス・ミラー城』殺人事件〟が評判がいいみたいですが、
私は本作が一番面白かった。
著者の代名詞とでもいうべき〝物理トリック〟も、今回は少し地味(というかシンプル)ではあるけれど
意外と予測し難くて明かされたときには読み手をあっと驚かせてくれるし、
200Pちょっとの厚さでこんな3時間の大作映画並みの世界観を描ききれる筆力はすごい。
「よくもまあそこまですごいこと考えつきますね」と思わず言いたくなるような
〝輪廻転生〟を下地にしたはじけとんだ設定を、読み手の心にすんなりと浸透させてしまう
表現力・描写力も感嘆に値する。
ファンタジーと科学、本来相反する二つの要素が何ら違和感なく溶け合っているのも
北山氏ならでは。
この作者は本当にそういうのがうまいからなあ。。。
知ってる限りじゃその二つが水と油みたいに分離してしまってる小説のほうが多いのに。
それにしても本作を読んで痛感したのは、
「男のほうが女よりロマンチストってほんとだなあ」ということ。
著者の恋愛観があまりに壮大すぎて、感動を通り越してめまいすら感じてしまった(北山氏の著作は
女性の読者が多くつきそうだなと前々から思ってはいましたが、本作にてはっきり再確認)。
あーそれにしてもこんな感覚は
を読んだとき以来だー(この二つもかなりおすすめ。恋愛なんて次元とっくに超越した、
最強の絆で結ばれた男女の物語を堪能できます)。
本作に敢えて難を言うなら、
戦争パート(本編は〝現代パート〟と〝中世パート〟と〝戦争パート〟に分かれています)の
トリックがいささかアンフェアな点(遺体消失の理由はまあいいのですが、それを推理する
主人公のモノローグに読者の誤解を招く部分あり)と、
某人物が「世の中の男はすべて自分だ」と心底信じている(意味は読めばわかります)割には、
すぐそばにいる別の男性を完全に他人視して嫉妬するという矛盾がある点(自分自身に
嫉妬する人はいないし)。
この二つさえなければ私の中では100点だったのに(まあ他にもツッコミポイントは
いくつかありますが)。
でも全体に良作。推します。
ラストシーンで最後にして最大の謎が明かされたときの切ない高揚感(思わず涙目で「あ!」と
叫んだ)、
更にその次のページに待ち構える驚愕のオチ(↑の二倍の大声で「ああっ!!!」と叫んだ)、
最後まで魅せてくれる物語です。
私が男なら(いや女のままでもいいんだけど)恋人に無理にでも勧める。
自殺者の命を救え!
浮かばれない霊たちが、天国行きと引き替えに人名救助隊を結成、地上に舞い降りた。
救うべきは、100人の命…。
怒涛の人命救助エンタテインメント。
『別冊文芸春秋』連載を単行本化。
***
物書き修行の一環として、
文章表現やキャラの造形、物語の構成等をチェックしながら本を読むのが
癖になっている私なのですが。。。
この小説ではそれができなかった。
そんなの忘れてただひたすら読み進めてしまった。
感情が思考を意識の外に追いやってしまう。
それほどに面白かった。
「あんたら自殺なんてもったいないことしたんだから
罪滅ぼしに100人の死のうとしている人間を救いなさい。
でないと天国に行かせてやんない」
神さまにそう宣告され、自殺志願者を思いとどまらせるために奔走する
四人の〝幽霊〟。
とてもわかりやすくシンプルな設定。
でもだからこそ書き手の技量が試される。
死にたいと一度でも思ったことのない人間なんてこの世にはきっといないし、
だから読者はいつしか救われる側の人間の立場で彼ら救助隊を見るようになる。
「おまえたちに自分を救えるのか?」と。
少なくとも私はそうだった。
命を救うということはつまり「命は大切にしましょう」と言っているのと同じで、
この言葉はよほど適切に用いない限りは
ただのつまらないきれいごとや説教にしか聞こえない。
けれどこの物語で使われるその言葉はちゃんと私の心に届いた。
ページを繰るたび泣いて笑って、読み終えるころには何だか自分も少しだけ
彼らに救ってもらった気がした。
たぶん彼らの〝救い方〟にはユーモアがあるからかもしれない。
直球じゃなく変化球で救いの手を差し伸べてくれる。
たとえば惚れた相手にフラれたときに、
「きっともっといい人が見つかるよ」とありがちな励まし方をされるよりは、
フラれた相手のめちゃくちゃかっこ悪い姿が写った写真を見せてもらったほうが
深刻に落ち込んでいたのがバカバカしくなって元気になる。
そういう感じ。
うつを初めとする精神的苦しみを克服するのに
その手のマニュアル本を読んだり心療科に通院したりすることに抵抗のある人は、
まず本書を手にとってみてほしい。
もしかしたらこの本一冊だけでもかなりの効果があるかもしれない。
著者の人間という存在に対する温かな等身大の眼差しを、
本書を通して受け止めるだけでも癒しになります。
精神の病に関する描写はちょっとその手の資料丸写しといった感があったけど、
別にこの物語のメインはそこではないし変にひねられるよりはいいのかな。
むしろ中盤で登場する指揮者を目指す少年の話で、著者が地の文で音楽用語を連発しすぎて
もはや悪ノリの域にまで達してたことを突っ込むべきか笑←いえ、話自体は素晴らしいのですが
救助隊メンバー4人の迎える結末は、
「たった一度のこの生を精一杯生きよう」
という本作のテーマに逃げ道を与えてしまっている気がしないでもないのですが、
そんなこと言ったらまず〝幽霊〟って設定から否定しないといけなくなるので
あえて眼をつぶることにします。
ふとした瞬間に意味もなく前向きな感情がこみ上げてくる、
誰しも一度はそんな経験があるでしょうが、
それはもしかしたら彼らがそばで励ましてくれてたのかもしれませんよ。
高校時代にいじめられていた亮太は大学入学を機に変わろうと「正義の味方研究部」に入部する。
正義の名のもとに学内のトラブルを解決し、自分の変化を実感するようになるが、
次第に本当の正義とは何なのかを考え始める。
書き下ろし長編青春小説。
***
本多孝好氏といえば〝静謐な恋愛ミステリ〟というイメージですが、
本作は一転コミカルな青春ストーリー。
舞台は大学、
そこに通う自己模索中の平凡な主人公、
そんな彼のちょっと変わった仲間たちとの友情&ぎこちない恋愛、
やがてめぐり合うささやかな出来事&驚愕の大事件。
こういった描写や全体に漂う雰囲気は伊坂幸太郎氏の〝砂漠〟に近い。
(伊坂氏本人も、以前本多氏の著作をして「僕とよく似ている」と評していたし)
ただ。。。あくまで〝近い〟、というだけで、
作品のクオリティ的には並べちゃいけないものだと思う。
本作の内容は私的には受け付けるものじゃなかった。
物語序盤、主人公が入部した〝正義の味方研究部〟の部員たちが
過去に部の先輩が成した〝偉大な業績〟について語るシーンがあるのですが、
まずその時点でしっくりこない。
「それってそんなに偉大なことかー?」と、まるで何かの新興宗教に傾倒してる相手から
教祖さまの素晴らしさについて熱く語られているときのような腑に落ちなさを感じてしまう。
しかしこちらがそうして訝っている間にも主人公は
「すげえ。かっこいい」と一人でテンション加速し出すので
しょっぱなから置いてきぼりをくってしまう。
悪行を働いた人間を成敗するのがモットーの部なのに
レイプまでやらかした男に与える罰が「もうやりません」という誓約書を書かせることだけ。
いくら相手の女の子がほとんど精神的ダメージを受けてないとはいえ
そんなハンパなことするぐらいなら最初から何もしなくていいじゃん、と思ってしまう。
何より読んでいて物語としての爽快感がない。
(ゲーム〝逆転裁判〟、マンガ〝クロサギ〟〝恨み屋本舗〟、
こういったものがなぜ人気を得ているのかといえば、
やっぱり悪党をこてんぱんにする痛快さがあるから。だけどこの小説にはそれがない)
それでも初めのうちは
「勧善懲悪なんて薄っぺらなテーマを著者は書きたいわけじゃないんだろう」
と思いそれ以外の要素に眼を向けて読み進めていましたが、
結局ラストまで何が言いたかったのか、テーマが何なのかあやふやなまま。
唯一読み取れるのは
〝周りに流されてばかりだった頼りない主人公が自分の意思で物事を決められるようになった〟
ということですが、400P以上の長編を読破して得られるものがたったこれだけじゃ
正直不満が残ります。
主人公を含めた登場人物たちそれぞれの価値観も、
どれもこれもどこかピントがずれているというか不快で、
しかもそんなつまらない尺度の中で一人もがいて勝手に苦しんでいるのだから
(容易に抜け出せないほど重い価値観というわけでもないのに)
あまり応援する気にもなれない。
あげく周囲への逆恨みで「世の中は不公平だ」とのたまう主人公に至っては
応援以前にむしろ失笑。
誰一人として共感できる思考の持ち主がいない小説というのは久しぶりかもしれない。
本多氏のこれまでの著作は好きなだけに釈然としませんが。
ただ、氏の小説にはデビュー時からやけに〝学歴〟へのこだわりが見受けられたので
(主人公がほぼ高学歴だったり、エリート的な人物が頻繁に登場したり)
まさにその価値観が押し出され気味の本作に嫌悪を感じてしまったのもあるかも。
(もちろん〝高学歴バンザイ!〟なんてことは書かれていませんが、かといって否定するでもなく、
どちらかといえば〝肯定〟にベクトルが向いていた気がした)
&これは低レベルないちゃもんですが
慶応卒の著者が「慶応は名門」を作中で連発していると、
他意がなかろうが何だか鼻白んでしまうので控えたほうがいい気が。←せめて慶応を早稲田に変えるとか
それぞれのキャラに付加された個性もほとんど見せ場のないまま終わりを迎えてしまうし、
作中で展開されたエピソードも後の展開に絡んでこないままほぼ未消化(たとえば○○さんが
過去にいじめの加害者だったこと等)。
いろいろな方向にテーマが乱反射して、物語の芯を貫く太い一本の光がない。
(青春小説にそれがなきゃヤバい)
結果、上述のとおり著者が何を言いたいのかわからない小説になってしまっている気がした。
文章や構成の安定感は抜群なので、そういった面では著者の物書きとしての才能は
未だ健在だなと改めて感心してしまいましたが。
でもできればこれまでの恋愛ミステリに戻ってほしいと思う。
〝小説すばる新人賞〟の受賞作にありそうな文体&テーマ&雰囲気の小説なので、
ああいった系統が好きな人にはいいかも。
それは闇。
過去の呪縛から逃れるため転校した神戸の小学校では、
奇妙な遊びが流行っていた。
「牛男」と呼ばれる猟奇連続殺人鬼の、次の犯行を予想しようというのだ。
単なるお遊びだったはずのゲームは見る間にエスカレートし、
子供たちも否応なく当事者となっていく――(表題作)。
新世代文学の先鋒が描き出す、容赦ない現実とその未来。
ボーナストラックとして書き下ろし二編を収録。
★収録作品★
大洪水の小さな家
死体と、
慾望
子供たち怒る怒る怒る
生まれてきてくれてありがとう!
リカちゃん人間
***
限りなく現実離れしてるのに
現実世界よりずっとリアル。
だからメフィスト賞作家は大好きなのです。
とまあそれはいいとして、先日乗っていた電車が緊急停止した際に、
「人死んでねえの? なーんだつまんねえの」と
でかい声で言って笑ってるクソガキ♂を見ましたが、こういう
「俺ってワルなんだぜ~。人死んだら驚くより喜んじゃうんだぜ~」
的雰囲気を醸し出したいだけのガキはまだかわいいものなのです。
怖いのはそれを気取りでも何でもなくごく当然のように思考して
「なんだ。つまんない」と誰に聞かせるでもなくポツリとこぼす子供。
それが世の中で一番恐ろしい、悪意より上の狂気と呼ばれるものです。
本作に登場するのはそんな〝狂気〟を孕んだ子供ばかり。
激情に駆られた結果ではなく、
己の強さを誇示するためでもなく、
ただ何となく楽しそうだから悪いことをやる。
最近では何か事件を起こした子供が犯行の動機を訊かれて
「別に~。ただ何となく、楽しそうだったから」
と答えることが多くバカな大人どもがそれに本気で怯えていたりしますが、
あのガキども(暴言すいません)はただかっこつけて言ってるだけで
絶対に動機は(ストレスなり仲間内でのプライドなり)あるはずなのです。
でもこの物語の子供たちにはそれがない。
本作に登場する女教師のモノローグ、
「相手の感情がわからないって何て怖いことなんだろう」
まさに彼女と同じ感覚を読んでいて味わうことができます(え? 味わいたくないって?笑)。
この先こういう〝行為に動機を一切必要としない〟、
悪い意味で精神的に自給自足してしまっている(すべての感情が自己完結してしまっている)子供が
本当に増えていくのかもしれないな。
月並みだけど人間同士の関わりはどんどん希薄になっていってるし。
閉じこもって人と触れ合わない状態で生きていくにはそういう進化をするしかない。
今の子供たちを見ていても、友人同士で会話をしているというよりは、
相手の言葉にもっともリズムよく乗っかる言葉を絶妙のタイミングと言い方で返す、
ある種ラップバトルみたいなノリだけの上っ面な会話をしてる子が本当に多いしな。
相手の言葉の〝意味〟じゃなく〝響き〟だけを聴いてるみたいな。
(例:
A「昨日金落としてさ~」
普通なら「え、いくら?」「どこらへんで? ちゃんと見つかった?」「それは災難だったね」
とか返すとこを
B「うーわマジで? あー恵んじゃったね。どっかの誰かに恵んじゃったねソレ。
恵まれた相手今ごろお前に感謝して祈り捧げてるよ『キラ様。。。』ってアハハ」
↑妙にリアルですいません)
そこにはたぶん〝感情〟はない。
話変わって本作の小説としての評価をすると、
一つ一つの話は非常によく出来ているのですが、
それぞれのラストのニュアンス(というか文章表現)がかぶり気味だったので
一話目以降は新鮮味が感じられなくてちょっと残念。
それさえなければ読み終えるたびにもっと衝撃を受けられたのになー。
まあそれでもどれも十分に胸にずしんと響きましたが。
私的に一番好きだったのは最終話〝リカちゃん人間〟。
冒頭の不快さは作中一ですがエンディングの爽快感もまた作中一で、
その陰から陽、ImplosionからExplosion(しっくりくる日本語訳が思いつかなかったので
英語のまんまでごめんなさい)へのコントラストがもう絶妙。
&ヒロインと教師の関係が何だかインパクトが強くて好きで読み終えた未だに忘れられない。
「……一人で狂うのは、嫌だろう?」
浮浪者たちに輪姦されている精神薄弱の女・やっちりを目撃した私と友人・冴木。
夜の工場跡地で体験した、暴力の光景。後日、やっちりは死体となって発見される。
少年時代に体験したひとつの死。
二人の生き方は、成長するにつれだんだんと社会から逸れていってしまう。
ある日、大人になった私のもとに冴木から電話がかかり、二人は再会する。
数日後、私が自宅に帰宅すると自分の部屋の中で、ひとりの女が死んでいた。
それは、よく指名するデリヘルのエリコだった……。
心の闇、欲望、暴力とセックス、そして人間とは何か。
暴力と人間をテーマに描く芥川賞作家が全精力を傾け、
ミステリアスな物語とスピード感あふれる文章で描き出した傑作長篇小説。
***
もともと純文作家にしては著作にミステリ的色合いの強い中村氏、
今回は特にその傾向が顕著なので
ミステリ書きの私にはより楽しめる作品でした。
本作で描かれているテーマは、
人間の〝本能〟と〝理性〟の葛藤。
たとえば人間という生き物の中にも、動物と同じように
その種の平均より性欲の過剰な個体はいるわけですが、
人間の場合その〝異性と交わりたい〟という単純な欲望に
想像力によって様々な歪んだオプションが付加されてしまう。
メガネじゃなきゃ反応しない。
ナース服じゃなきゃ反応しない。
同性じゃなきゃ、犯罪者じゃなきゃ、赤ん坊じゃなきゃ、
レイプじゃなきゃ、屍姦じゃなきゃ、動物じゃなきゃ、etc.etc.。。。
知能があるが故の複雑な性欲。
「もう自分はこうなんだから仕方ない」
と割り切って生きていければいいのでしょうが、
これもまた人間ならではの〝理性〟を持って生まれてしまったがために
そんな偏った自分に嫌悪感を抱いてしまう。
病気なら治療の余地もある。
だけどもしそれが〝本能〟だったら?
たとえば自分の精神が普通じゃないことを自覚して病院に行き、精神科医に
「あなたのそれは病気じゃなく〝性格〟なので治しようがありません」
と言われてしまったら?
本作では、
自分の中の歪んだ性癖をいなすように生きる青年と
それとまともに向き合って生きる青年の二人が描かれている。
選んだ道なりのメリットもデメリットもあるけれど、
やはりどちらも幸せであるとは言いがたい。
けれどそれでも今後も生き続けようと思うなら、
克服しようのない自分の〝本能〟を一生ひきずっていくしかない。
物語の終盤で、
片方は〝妥協〟
片方は〝終息〟
をそれぞれ選んだ。
自分なら選ぶのは後者かもしれない。
まさに〝終息〟を選んだ彼のように、最後に一つだけ誰かのためになることを遺して終わる。
時おり暴れだしそうになる〝本能〟をなだめてくれる、もしくはこの物語の主人公のように
「自分も一緒に狂う」と言ってくれる第三者がそばにいればどうかわからないけど。
でもそれは私が女だから。
男ならためらいなく〝CONTIINUE〟ではなく〝GAME OVER〟を選択する。
誰にも理解されない、その人間だけの持つ〝本能〟。
何だか富樫義博氏の著作〝レベルE〟(死ぬっほどオススメマンガ。
ミステリ好きの人はぜひ)のエイリアンを思い出した。
知能を持って生まれたが故に己の本能に苦悶する。
切ない話だな。
伊坂幸太郎氏の著作〝重力ピエロ〟の登場人物
〝春〟も、おそらく本作の冴木とよく似た葛藤を抱えて生きている。
己の性的本能に対する葛藤を描いた本作、
女性より男性のほうがより理解できるでしょう。
私は女なので主人公たちの男の生理が理解し切れずちょっと残念。
性欲以外なら未だ戦い続けている〝本能〟はあるけど。
それは世の中のほとんどの人間と同じように。
追記:
本作中にて、主人公が
外国のビッグアーティストにジャンキー(ヤク中)が多い理由を
〝ライブでの高揚を日常にも求めてしまうからだ〟
というように推測していましたが、それは違うような気がする。
彼らはライブを重ねていくうちにその瞬間の高揚に〝慣れて〟しまい、
次第に昂ぶりを感じなくなり焦ってドラッグでその感覚を取り戻そうと
するんだと思う。
歌をやってる私なりの見解ですが。
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