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読書&執筆ホリックの書評&書き物ブログ。
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戻ってくると約束して。



ドクターヘリの機長・槇村は、墜落した取材ヘリを救出。怪我人は、
自衛隊時代にかつて愛した部下・一恵だった。その夜、一恵は入院先から姿を消した――。
課せられた「使命」と「魂の絆」の狭間で、男たちが咆哮する!
第54回江戸川乱歩賞受賞作。

***

中盤までは面白かったからだまされた。。。
最初から地雷臭が漂っていれば即座に読むのをやめたものを。。。

というか何で最近の乱歩賞受賞作は、こんなに固い、教科書くさいものばかりなんだろう。
著者の伝えたいメッセージがそのままむき出しになっていて物語に溶け込んでいない。
というか物語にすらなっていない。本作を含めてそんなものばかり。
まったく先を読みたいという気にならず、何度もうつらうつらしかけた。

しかも犯人一味がある〝秘密〟を隠す方法、これがあまりに納得いかない。
もし自分なら「え? この森? 別に何もないっすけどあははー、あっ、ところでここ
熊とか出るからあんま来ないほうがいいっすよー」で済ませる。その後見つかりそうになったら
そこで改めて牽制にかかる。なのに最初から〝秘密〟を相手にさらけ出し、挙げ句
銃撃で更なる墓穴。。。どんだけー、と、この言葉嫌いにも関わらず使いたくなってしまった。
ラストでは主人公がハッピーエンドを迎えるにあたって邪魔な人間が都合よく死んでいくしな。。。
そういう、著者の意図が透けてみえる点も興ざめ。
序盤から出てきた人が殺されたりしても、殺す側がどうでもいいエキストラみたいなキャラ
だったりするから何の感情も湧かないし。
そしてこれは最後の選評で東野圭吾氏も言ってたけど、すべてのキャラの行動原理が不明。
何がどうなったらそういう行動に出るの? と訊きたくなる人物ばかりで
普通の感覚の持ち主には(要するにほとんどの読者には)共感しにくいことしきり。
あと、別の選考委員が褒めてた〝構成力〟だけど、私はこの著者は構成力ないと思う。
真相を明かすタイミングがマヌケなほどズレてるし、「このキャラには重い過去がありますよー」
みたいな描写が、仄めかし程度でいいのに最初からガンガン主張して書かれているし。
9年近くも小説を書いている人にしては稚拙だな、と偉そうだけど思ったというのが率直な感想。

そして、最終章の〝猛き咆哮の果て〟というタイトルがあまりに大仰で
「なんか長編小説のタイトルみたい」と思っていたら案の定、本作の元のタイトルは
これだったみたいですね。あまりに大げさすぎるので〝訣別の森〟に変えて正解だったと
思いますが。

駄作ではないけど決しておすすめはしないかな。
犬好きの人は読んでみてもいいかも。

lobowolf.jpg








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時が来た。



同僚の喜多助教授の誘いで、N大学工学部の低温度実験室を尋ねた
犀川助教授と西之園萌絵の師弟の前で、またも不可思議な殺人事件が起こった。
衆人環視の実験室の中で、男女2名の院生が死体となって発見されたのだ。
完全密室のなかに、殺人者はどうやって侵入し、また、どうやって脱出したのか? しかも、
殺された2人も密室の中には入る事ができなかったはずなのに? 
研究者たちの純粋論理が導きだした真実は何を意味するのか。

***

文章が拙くトリックも微妙(というかややっこしい)と思ったら、本作は
S&Mシリーズ〟の本来は処女作にあたる作品とのことで納得。

登場人物たちそれぞれの行為の動機が今一つで、正直のめり込みづらかった。
(特に増田の死の真相。。。なにそれ? どんだけ弱いの? と突っ込みたくなってしまった)
ネットを主軸にしたストーリー展開も、1994年当時に読んでいれば
「すげーこいつら天才!!」と思えたんでしょうが、老人でも子供でもパソコンを操れる今読むと
「どいつもこいつもバカすぎるよ。。。詰め甘いよ。。。もっとパソコンの知識増やせよ。。。」としか
思えなくて悲しい。
しかもあまりに偶然が主人公に味方しすぎだし(というか犯人の邪魔しすぎだし。。。)。。。
キャラの性格もほとんど描写されてないので、謎解きに挑戦しようにも非常に困難。
ていうか研究所内で見つかった増田の死体が自殺だったなんて反則だよ森先生。
ていうかこのキャラ本作中で一番わけわかんないキャラだったな。
反則といえば共犯トリックもアンフェアでしょう。この手のアホトリック小説書くのは(失礼だけど)
海堂尊氏だけで十分。
あと最後に。犀川助教授のギャグがサムい(まあそれが彼の持ち味っちゃあ持ち味なんですが)。

ひまつぶし程度にはおすすめの作品です。
それがあなたであってほしい。



茶沢景子、15歳。クールで何事にも興味をそそられない彼女が、たった一つ、
心を奪われたモノがある。それは、同級生の住田祐一。あまりに平凡で普通すぎる彼に
近づけば近づくほど、景子の魂は祐一に共鳴していく――。
傑作漫画「ヒミズ」の新たなる結末を描いた純愛青春残酷物語。

***

大好きな古谷実氏の著作の中でもダントツに影響を受けたバイブル的コミック、〝ヒミズ〟。
本作はそれの小説版。



これがデビュー作にしては、著者はこれら↑原作をうまくまとめていたと思う。
ただねえ。。。ちょっと文章が淡々としすぎ。
もともとシリアスな物語なので淡々とした文章でもいいとは思うんだけど、
盛り上げるべきところでも静かな筆致のままなので残念。
たとえば茶沢の「オイがんばれよ!」のシーンとか。
(冒頭の三行目には「おっ古谷節をよくわかってる!」と期待したのに。。。)

あと、著者は本作を読んだ限り古谷作品を結構読み込んでいるだろうことはわかるんですが、
どうにもその古谷ワールドを捉えきれていない気がした。
主人公絶対こんな台詞言わねーよ、って台詞も平気で入れてるし(主人公の住田は
どこまでも人は人、自分は自分って人間なので、自分より幸せな相手に向かって
「おまえは俺ほどの不幸経験したことないだろ」的なことは絶対言わない)。
古谷氏ならではの個性的な言い回しも、普通の台詞に変えちゃってキャラが平凡になってる。
夜野はオドオドしてばかりで、小ずるいところが描写されてないし、
茶沢だって素でエキセントリックなところあるのに普通の恋する女の子みたいになってるし。
そして茶沢といえばクライマックスの彼女。ホームレスが変態だったって住田に伝えようと
してるけど、そんなもん伝えたら「あんなに近くにいたのにまた気づけなかった」って
彼がさらなる絶望に突き落とされることぐらい気づけよ。まあそれは原作のほうでも
「わざわざ知らせるなよ、住田の心理ぐらい読み取れ」と思ったけど。

原作には書かれていないエピソードがいくつか描写されていたのはよかったですが。

あと、原作のあまりにやるせないラストが改変されていてほんの少しだけ
救いのある終わり方になっているところもよかった(まあ、「延命治療費は誰が払ってんの?」とか
君らはよくてもこれ住田が起きたら恐慌来たしそうじゃね? とか突っ込みどころはありましたが)。
ただ、最後のその追加エピソードが完全に著者の山崎氏の想像で書かれているためか、
どの章よりもキャラがいきいきと魅力的で、茶沢の妄想なんか思わず泣きそうになってしまった。
(住田が殺人を犯したかどうか茶沢が訊ねるシーンでの彼女の本音も、
最後の夜の「ヤバい、泣けてきた」のシーンの夢想も、原作を掘り下げる感じでよかった)。
原作で住田の殺人が夢オチだったことに拍子抜けした人にも本作は満足いく仕上がりだと思う。

あくまで原作を読んでからなら、割りとおすすめの一冊です。
茶沢一途すぎて泣ける。ヘタなラブストーリーよりよっぽど泣ける。こんな女になりたいわ。
これが最後の理性の声だ。

 

信者が三十人いれば、食っていける。五百人いれば、ベンツに乗れる――
作家になる夢破れ家族と職を失った正彦と、不倫の果てに相手に去られ
ホームレス同然となった矢口は、9.11で、実業の象徴、ワールドトレードセンターが、
宗教という虚業によって破壊されるのを目撃する。
長引く不況の下で、大人は漠然とした不安と閉塞感に捕らえられ、若者は退屈しきっている。
宗教ほど時代のニーズに合った事業はない。
古いマンションの一室。借り物の教義と手作りの仏像で教団を立ち上げた
二人の前に現れたのは…。
二十一世紀の黙示録的長篇サスペンス。

***

同系統の(宗教)ストーリーなら、天童荒太氏の〝悼む人〟よりも
本作のほうがよほど直木賞にふさわしい(篠田節子さんは既に受賞されていますが)。
久しぶりに喝采を送りたくなる物語に出会った。
私は女流作家は基本的にあまり好きではないので、篠田さんの〝神鳥(イビス)〟の
大ファンでなければ本作は手にとっていなかった。神鳥を知っていて本当によかった。

主人公がやや愚鈍で、安易に危ない橋を渡ったり読めるはずの先を読めないことが多い点には
いくら物語を動かすためとはいえ少し首を捻ったけれど(普段は賢明なキャラであるだけに尚更)、
それ以外は総じて文句なし、ほぼ完璧といっていい出来。
物語としても面白く、その中に押し付けがましくない深い含蓄もあり、上下巻組にも関わらず
あっという間に読めてしまう(むしろ残りページがだんだん少なくなっていくのが悲しかったほど)。
登場人物全員のキャラが立っていて魅力があり、だからこそ彼らが少しずつ狂っていく様子が
怖いまでに読み手に迫ってくる。特に終盤の信者たちの狂気の生々しさには鬼気迫るものがあり、
ホラー作品を多く発表してきた著者の神髄を目の当たりにした気がした。

人間にとっての神は彼らに都合よく創り上げられた虚像に過ぎず、
あらゆる宗教における神の教えも総じて人間に具合のいい言い訳に過ぎないけれど、
そういったものにすがらないと生きていけない人間の病みというものは哀しい。
その病みを、偽りの神を通して他人にまで押し付けようとする傲慢さも見ていて痛々しい。
死に至るまでの〝生〟の時間が長すぎて苦しすぎて、そこから逃れようと無理に、そして無意識に
ポジティブになった結果生まれたもの。それが宗教なのではないかと思う。
それが自分を破壊していくとも知らずに。

神は自分の内にだけあればいいと私個人としては思っているんだけど。
形や組織や教義がないと実感できない神様なんて神様とは思えないけど。

何にせよ〝人間〟というものが残酷なまでにリアルに詰まった、
(敢えてキリスト教でたとえれば)バイブルを客観的に捉えるためのバイブル、といった物語だった。

一読の価値あり。是非読んでみてください。

tomyo.jpg






因みに本作を面白く読めた人は、下記の作品もおすすめ(逆もまた然り)。

ガダラの豚
カルト
天使の囀り
「そうよ。あたしを殺しなさい。あの時のように」



記憶を一部喪失した雨村慎介は、自分が交通事故を起こした過去を知らされる。
なぜ、そんな重要なことを忘れてしまったのだろう。
事故の状況を調べる慎介だが、以前の自分が何を考えて行動していたのか、思い出せない。
しかも、関係者が徐々に怪しい動きを見せ始める……。

***

記憶喪失ものは作者のさじ加減ひとつで主人公に重大なことを思い出させたり
忘れたままでいさせたりすることができるのであんまり好きじゃないんですが、
東野氏なら。。。と期待しつつ読んでみた一作。

やっぱりご都合主義だった。


それ以前に主人公の性格がどうやっても好きになれない。
特に女性が読んだら相当ムカつくキャラです、この雨村慎介という男は。
読み進めるごとにバッドエンドを半ば無意識に願っている自分がいたし笑(まあ、ある意味
バッドエンドかもですが)

内容も、かなり早い段階でラスボスがわかってしまうので興醒め。
しかもミステリなのに中盤ぐらいまで主人公と女の執拗な官能シーンばっかりで
ミステリ要素ほとんどなくてかなりダレた。
文章も同じ表現が何度も出てきたり、伏線なんて全然ないまま唐突に真相が飛び出したりと
東野氏はやっつけでこれを書いているとしか思えず(まあ、最後の一つは
もともと彼の作風はそんな感じだといってしまえばそれまでですが)。
クライマックスは「貞子?!」と思わず心中で叫んでしまったし。
これでラストで〝彼〟があんなことさえしなければ、完全にリングとかぶってたな(〝呪いの伝播〟、
という点で)。

本作もまあまあ楽しめますが、似たテーマの小説なら
↓に収録されている短編のほうが面白いです(ただし恋愛要素が強いので、その手の話に
アレルギーがある人には×)。



それにしても人間の脳というのは不思議だよなあ、改めて。
主人公も、彼女も、彼も、脳に無意識にコントロールされてしまって。
ある意味これは〝人間の脳と精神〟にまつわる物語だったと思う。
そういうものに興味のある方は是非どうぞ。

mane.jpg








ON THE AIR――放送開始。



生放送のテレビドラマ本番中に、スタジオ内で次々と勃発する事故。
毒は本物にすり替えられ、脅迫電話は真実の声音となり、
脚本に秘められた真実は、慟哭と贖罪の扉を開く…。
新感覚ミステリー。

***

面白いっちゃ面白いけれど、ピースの足りないパズルのような、今ひとつ腑に落ちない
物語だった。あまりに突っ込みどころが多すぎ。
というわけで早速突っ込んでみようと思う。
★主人公が芸能人ならつばさちゃんは兄貴が弟に紹介してやればよかったじゃん。
★作中での主人公のモノローグが全部演技なんだとしたら、オンエア中その心の声が
テレビで流れ
てたわけ? ありえない。
★歌織が「爆発の中心にいた場合は遺体がきれいなことがままある」とか言ってんのに
後半ではその発言がなかったことになってる。矛盾。
★国家権力ナメすぎ。日本の警察や科捜研はもっと優秀です。
★(これはいちゃもんだけど)ラストがクサすぎ。

そのほかにも多々突っ込みポイントはあるのですが大きい点ではこんな感じ(伏字だらけに
なっちゃいましたが)。

本作を読むぐらいなら、鈴木光司氏の某作品に収録されている一遍のほうがよっぽど
おすすめ(若干ネタバレにつき、鈴木氏の作品を読んだことのない人は見ないでね)。

あんまりおすすめしません。決して駄作じゃないんだけど、どうにも煮え切らない内容なので。

mat.jpg








人間の目にはどう映るのだろう?



人間になりたかった、ちっぽけで孤独な探偵ウサギ、ジョニー・ラビットのワンダーランド! 
愛とは!? 誇りとは!? 生きるとは!? 
ウサギが主役のピカレスク・ハードボイルドノベル。

***

路傍〟が(私の中で)傑作すぎたせいか、いまいちピンとこない作品だった。
兎を擬人化し、その眼から見た人間の滑稽さを描くという手法は芥川の〝河童〟にも通じる
シュールな面白さがあって、人間の視点では気づかない価値観に眼からうろこが落ちることも
度々だったけれど、物語としては正直どうだろう? という感じ。本作は小説じゃなく
詩集で出したほうがよほどいいものに仕上がったんじゃないかと思う。
主人公のジョニーが、自覚しないまま望んでいた〝人間〟に次第に近づいていく様は
うまく描けてるなーと感心したけど。

ミステリとしては、オチがちょっとありがちだったかな。でもエスピオナージュや警察ものを
普段あまり読みつけない人は意外と読めない展開かもなので手にとってみるのもよし(って
書いた時点でほんのちょっとネタバレかもですが)。

ちなみにこの映画を観ておくと本作が一層面白く読めます。

……見ないで。



人と“ヒトデナシ”と呼ばれる怪異が共存していた世界――。
名探偵・秋津は、怪盗・無貌によって「顔」を奪われ、失意の日々を送っていた。
しかし彼のもとに、親に捨てられた孤高の少年・望が突然あらわれ、
隠し持った銃を突きつける!
そんな二人の前に、無貌から次の犯行予告が!! 狙われたのは
鉄道王一族の一人娘、榎木芹――。
次々とまき起こる怪異と連続殺人事件!
“ヒトデナシ”に翻弄される望たちが目にした真実とは。
第40回メフィスト賞受賞作。

***

もちづきやもりさん。あのヤモリを〝守宮〟って書くことを初めて知ったよ。。。
なんて話はさておき、私が個人的に大好きなメフィスト賞からデビューした作家さんのデビュー作。
これがデビュー作? と訝りたくなるほどの実力派の作家さんです。

普通に傑作文学と呼べるものから超イロモノまでかなり幅が広いメフィスト賞受賞作ですが、
本作はほどよくファンタジーしつつもがっつり読ませる本格ミステリ。
東京を〝藤京〟、埼玉を〝翠玉〟としてしまう著者のセンスにはちょっと引かないでもないですが
〝ヒトデナシ〟という存在の魅力と巧妙に仕組まれたプロットはなかなかのもの。
基本は本格ミステリなのに人間ドラマもほどよいバランスで織り込まれていて、
非常に堪能できた一冊でした。
弱点を挙げるとすれば、真相がちょっと地味なことかな。。。
〝探偵とはどうあるべきか〟みたいなメタミステリ的部分も、既に数多のミステリ作家が
論じてきたことの二番煎じでしかなく、手垢がついた印象を受けたこともちょっとマイナス(ただ、
その論理を、探偵をやめた元・探偵が自ら語っているというのは斬新でしたが)。
ただ、〝ヒトデナシ〟〝業魔〟といった怪奇なる存在を描写する想像力は、似たテーマで書かれた
大御所・貴志祐介氏の〝新世界より〟をも凌駕していると、少なくとも私は思った。

ここ最近のメフィスト賞受賞作の中ではダントツの一作だと思う。
続編が出るらしいので楽しみ。
復讐のように、見て欲しかった。



高校卒業から10年。クラス会に集まった男女の話題は、女優になったクラスメートの「キョウコ」。
彼女を次のクラス会へ呼び出そうともくろむが、「キョウコ」と向かい合うことで思い出される、
高校時代の「幼く、罪深かった」出来事――。よみがえる「教室の悪意」。
28歳、大人になってしまった男女の想いを描き、深い共感を呼び起こす傑作ミステリー。
辻村深月の新境地。

***

著者と同い年のせいだろうか。
登場人物たちと同世代のせいだろうか。
ただ著者の筆力によるものか。
読んでいて怖くてしょうがなかった。
〝一見普通に見える、もしくは輝いて見える人でも、それぞれ何かを抱えている〟
という手垢のついた言葉が、眼を背けたくなるほどのリアルさで迫ってきて怖かった。
自分と同じ高さに立っていた存在が上に上っていってしまったときにむき出しになる、
人間の醜く、そして哀しい本性も。
本作はその〝リアルさ〟〝怖さ〟を、ミステリというジャンルで描くことによって
より一層引き立たせている。
ミステリのための物語、じゃなく、物語のためのミステリ。

先に紹介した多島斗志之氏の〝黒百合〟よりも、本著のほうがずっと
文芸とミステリの融合を見事に果たし得ていると思う。

自分の精神が不安定な今、また読み返そうなんて怖くてとても思えないけれど、
久しぶりに出会えた傑作なので落ち着いたころに是非再読したい。
同い年の作家がここまでのものを描けることに、嫉妬よりも素直に敬服の意を表したい。
あなたはすごいです、辻村深月さん。

sun_hand.jpg





ここでさよなら。



「六甲山に小さな別荘があるんだ。下の街とは気温が八度も違うから涼しく過ごせるよ。
きみと同い年のひとり息子がいるので、きっといい遊び相手になる。一彦という名前だ」
父の古い友人である浅木さんに招かれた私は、別荘に到着した翌日、
一彦とともに向かったヒョウタン池で「この池の精」と名乗る少女に出会う。
夏休みの宿題、ハイキング、次第に育まれる淡い恋、そして死――。
1952年夏、六甲の避暑地でかけがえのない時間を過ごす少年たちを瑞々しい筆致で描き、
文芸とミステリの融合を果たした傑作長編。

***

読み終えて初めて「あっだからこのタイトルなのか!」と驚かされるのは
読後のおまけサプライズみたいで好きですが、本作もそうでした。
これ以上本作にぴったりなタイトルはない。

文芸とミステリの融合、というには文章はいたって普通のエンタメ調だし
トリックもよくあるものだし正直その表現はどうかと思うけど、
最後までだれることなく楽しく読めた。
若干伏線が弱く、ミステリ初心者はトリックに気づかない可能性があるので注意が必要。

舞台が現代なら「そりゃねーだろ」と突っ込むこと必至のエピソードも、
時代設定が戦前~戦後の本作なら黙らざるを得ず、見事著者にしてやられた感じ。
トリックもこの時代ならではのものだし(いや、現代だとしても十分に騙されますが)。
まあ、足悪い人が作中に二人も出てくるのは最初こそ納得いかなかったけど、
「この時代じゃなあ。。。」と認めるしかなかった。

すらすら読める良質ミステリです。

因みに本著者がだいぶ前に執筆した〝症例A〟も非常に興味深い物語なので
こちらが面白かった人は是非手にとってみてください。
(精神科が舞台の話なので情緒が不安定な人はやめておいたほうがいいけど)

blily.jpg











プロフィール
HN:
kovo
性別:
女性
自己紹介:
80年代産の道産子。本と書き物が生きる糧。ミステリ作家を目指し中。
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