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読書&執筆ホリックの書評&書き物ブログ。
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目には目を、殺意には殺意を。



幼時に父を亡くしてから、勅使河原冴はずっと不思議な力に護られてきた。
彼女が「ガーディアン」と名づけたその力は、彼女の危険を回避するためだけに発動する。
突発的な事故ならバリアーとして。悪意をもった攻撃には、より激しく。では、
彼女に殺意をもった相手は? ガーディアンに、殺されるのだろうか。
特別な能力は、様々な思惑と、予想もしない事件を呼び寄せる。
石持浅海流奇想ミステリー、開幕。

***

(ものすごい偉そうであることを十分に自覚した上で言いますが)石持氏、成長したなあー!
一皮剥けたというか、既存のどの著作にも見られた欠点が本作では改善されてた。
たとえばこれまでは探偵役を異様に持ち上げすぎだったのが今回はちゃんと等身大に
描かれていたし、第二章ではじめ天才格として描写されていた人物が
話が進むにつれボロボロメッキが剥がれ人間的粗を無様に晒していく様は
石持作品では(自分が知る限り)初だったので意表をつかれた。
なんだかんだで好きな作家さんなので「これさえなければ。。。」といつも苛々させられていた
欠点が払拭されていたのは予想外でかなり嬉しかった。
このクオリティが続いてくれれば、今後の氏の作品をもっと楽しく気持ちよく読めるし。
ただ人間描写に関してひとつだけ突っ込むなら、第二章の主人公の友人の
「美人は得だな」というひと言。え? そのせいで敵に要らない観察されて、
バレてほしくない特殊能力がバレて窮地に立たされてるんですけどあんたたち。。。
やはり〝価値観が普通と若干ズレている〟という欠点までは直っていなかったようです。

物語としては、第一章はそれなりにトリックもしっかりしていて面白かったのですが
(主人公の友人がつまらないことを大げさなトラウマとして抱えているのには閉口しましたが。
もとから精神を病みがちだった人間ならともかく、そうじゃない人があの程度のことを
いちいちトラウマにしてたら到底生きていけません。ていうかこの友達、こんな脆すぎる精神で
よくここまで普通に生きてこられたな。普通入院するか自宅に引きこもるよ?)
第二章は冗長極まりなく、展開も同じことが淡々と続くだけでほとんど変化がない。
ミステリ的要素もほとんど皆無。出来の悪いB級ホラーを観ている気分がして正直読むのが
苦痛だった。
ヒロインの〝特殊能力を持つが故に物事に動じない、賢くて常に沈着冷静〟ってキャラは
何だか〝20世紀少年〟の遠藤カンナの焼き直しといった感じだし。
銀行強盗の甲田というキャラなんか彼女のことカリスマ視して崇拝しちゃって、そんなところも
仄かに20世紀少年。まあ、何故彼が崇拝すべき相手を常に求めているのか、その理由には
ちょっと切なくなりましたが。。。
個人的には本作の登場人物の中では甲田が一番よかった。石持作品には珍しく人間臭い、
そして残虐なのにどこか憎みきれない性格。そして石持作品恒例の〝天才キャラ〟の
ショボさを見抜き、そいつに一発ブチかましてくれたときは、
「何でみんなこいつのこと崇拝してんの。全然大したことないじゃん」と憤っていた気持ちを
彼が引き受けてくれたようでものすごくスカっとした。

多少詰めの甘いところはあったけど、それなりに楽しめる作品でした。
あーところでどうでもいいけど、私は精神のガーディアンがほしい。
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もう一度、そこへ戻ってきたい、と願うだろう。



空で、地上で、海で…。望み、求め、諦め、憧れながらそれぞれの場所で生き続ける
「彼ら」が「スカイ・クロラ」の世界を語る。シリーズの番外短篇集。

★収録作品★

 gyroscope ジャイロスコープ
 nine lives ナイン・ライブス
 waning moon ワニング・ムーン
 spit fire スピッツ・ファイア
 heart drain ハート・ドレイン
 earth born アース・ボーン
 doll of grory ドール・グローリィ
 ash of the sky スカイ・アッシュ

***

これ絶対〝スカイ・クロラ〟シリーズのファンの人じゃなきゃ楽しくないだろうなあ。。。
ファンの私ですらあまり楽しめなかったぐらいだし。
ここ最近の森氏の著作からは「読者を楽しませよう」という気持ちが伝わってこない。
ただ思うままに自分の書きたいように書いている、そんな感じ。

本編では語られなかった特定のキャラの心情とかを知ることができたのは嬉しかったですが。
(いつもレストランの階段に座ってるじいさんが何を思ってあんなところで呆けてるのか、
普段いつも沈着冷静なカイが心の奥底には何を秘めているのか、
そしてあの〝ティーチャ〟はその後どうしているのか、そしてその最期は、etc.。。。)

ただ、本シリーズ自体元々ポエムと小説の中間みたいな作品なのに、本作では
それがなおさら顕著になっていて、そのあまりの抽象性に著者が結局何を言いたいのか
わからない点が多々あったりして、理解に多少(いやかなり)苦労を要した。
最終話〝スカイ・アッシュ〟なんてその最たるもの。如何様にも捉えられる、
アバウト極まりない描き方をされているので、自分なりに納得のいく解釈で補ってはみたものの、
そこはやっぱり著者本人に明確なひとつの答えを打ち出してほしかった。
本シリーズは後半に進むにつれて著者が中身の解釈を読者に委ねがちになっていったけど、
最後の最後でそのすべての曖昧な部分をびしっと結論づけてくれるものだと仄かに期待して
いたので、結局終わりまでこれかよ、と不服に思ってしまった。

個人的には〝ドール・グローリィ〟が一番好きです。
一作目の主人公、カンナミ・ユーヒチのどこか悲しげな魅力にやっぱり惹かれる。
出てきてくれるとほっとするような嬉しさがこみ上げてくる。それは本編の主人公である
少女と同じ心情でしょう、たぶん。

はじめに「楽しめなかった」とは書いたけれどやっぱり、
これまでシリーズ全作を通して読んできて登場人物たちの全てに思い入れがあったこともあり、
もうこの世に存在しない、もしくは二度と会えない遠い場所に行ってしまった人たちの写った写真を
見るような、もしくはそんな彼らを撮ったビデオを眺めるような、切ない気持ちにさせられたことは
確かです。
ああそうだな、この短編集は、物語世界に入り込むというよりは
あくまで傍観者の視点で彼らの何気ない(私たちの常識から見れば全然何気なくはないのですが)
日常を垣間見ている、そういう感覚に近いかもしれない。

空を飛ぶ、ただそのことだけに価値を見出す、
地上ではなく、遥か空中の高みでのみ自らの感情を解放できる。
そんな特殊な価値観を持つ〝キルドレ〟という存在を創り出した森氏はやはりすごいと思う。
新しい概念を生み出すというのはそうそう簡単にできることじゃないから。

シリーズ全作、本当に楽しませてもらいました。
ありがとう森博嗣さん。
もうこのシリーズが読めなくなるのは予想していた以上に寂しい。
本作の最終章を読み終えたとき、そう思いました。
――ここよりも彼方へ。



両親を事故で亡くし、母方の実家に引き取られた中学1年生の如月タクマ。
が、そこではかつて魔術崇拝者の祖父が密室の蔵で怪死した事件が起きていた。
さらに数年前、祖父と町長の座をめぐり争っていた一族の女三人を襲った斬首事件。
二つの異常な死は、祖父が召喚した悪魔の仕業だと囁かれていた。
そんな呪われた町で、タクマは「月へ行きたい」と呟く少女、江留美麗に惹かれた。
残虐な斬首事件が再び起こるとも知らず……。

***

面白かったー!
長編二段組なのにあっという間に読めてしまった。
各章のはじまりがほぼポエム調なのには閉口しましたが、基本はあくまで現実に即した
フェアな本格ミステリでした。所々に挟み込まれる笑いも、全体のおどろおどろしさを
ほどよく中和していていい感じ。
読んでいる間中、物語の向こうにいる著者と知恵比べをしているようで、
「よっしゃここは読みのとおり! 勝った!」と得意になったり
「えっ、この伏線フェイクだったの? やられた。。。」と(いい意味で)腹を立てたり
最後までとても楽しかった。
悪魔をモチーフにしたストーリーも、無理なく現実と溶け合って違和感なく描かれていたし
ファンタジーやホラーが苦手なミステリ読みの人でも楽しく読むことができるはず。

ただ、主人公をはじめとする登場人物たちが皆、爬虫類的というか感情に起伏がなさすぎて
物語を動かすためのコマor記号に成り下がりがちなのが残念だったかな。
何でそこでそんな感情の動き方をするんだよ? と訝りたくなること少なからずだったので。
逆に本作中で一番人間的であってはならない、人間味がないからこそ魅力的である某人物が、
最後の最後で思い切り人間くささを出してしまったので
「ああ、この人もしょせん人間か。。。」とがっくりきてしまった。
人間味を出すべきところとそうじゃないところのポイントがズレていてちょっとバランス悪い感じ。
ほんと、あのエピローグは私的には要らなかったなあ。。。
あとは主人公にとって都合の悪い人物がうまい具合にバタバタ死にすぎ。
ご都合主義だな。。。と苦笑してしまいましたが、もしかして飛鳥部氏、物語をそう運ぶことで
暗に〝悪魔〟は実在することを仄めかしている?(やっぱ私の考えすぎかな。。。)

そして殺人のトリック。
可能なのかあ?! と突っ込みたかったですが、著者が前もって突っ込み逃れの逃げ道を
ちゃっかり用意してあるので、黙って納得するしかなかった。
これだけの長編であのトリックは正直どうかと思うんだけど。。。
あと、あのアナグラム! あれはどう考えてもアンフェアだろー。
あれをトリックを解く鍵にするなら、せめて序盤で振り仮名ふっといてほしかった。
アナグラムの謎が解明されるまでずっと違う読み方してたのに。。。私が無知なだけ?? 
いや、あれは普通読めないはず。。。(意味は本作を読めばわかります)

個人的に大好きなのは、不二男という少年が作った〝オススメモダンホラー〟という
近年のおすすめホラー小説を解説文と一緒に羅列したリスト。
これだけで一章使ってますからね。著者の小説というものに対する熱意がひしひしと
伝わってきます笑

なんだかんだ言って、近年出版されたものの中では〝オススメミステリ〟でした。

guggen.jpg








この傷は私だけのものだ。



つらくて、どれほど切なくても、幸せはふいに訪れる。
かけがえのない祝福の瞬間を鮮やかに描き、心の中の宝物を蘇らせてくれる珠玉の短篇集。

★収録作品★

 幽霊の家
 「おかあさーん!」
 あったかくなんかない
 ともちゃんの幸せ
 デッドエンドの思い出

***

今までで一番よく書けた作品であるとのよしもとばななさんの発言に興味をそそられ
手にとってみた本作。

(Wikipediaより↓)
出産し子供ができるともう悲惨な話は書けなくなるよと人に言われ、
今のうちに悲惨な事や辛い事などを清算しようと考えて書いたという。
妊娠中に悲惨な話を書くことは辛かったが、
「もう書けなくなるかもしれない」という思いの方が強かったと述懐している。


あとがきでも「辛い話ばかりでごめんなさい」と書いている。

。。。そうかあ? というのが私の率直な感想。
表題作〝デッドエンドの思い出〟は確かによくできた、人の人生や命の中にある
言葉にできないぐらい些細なきらめきを見事に文章に表した秀作であるとは思うけど、
ばななさんがそこまで言い切るほどの傑作だとは思えなかった。それなら
〝TUGUMI〟や〝N・P〟のほうがよっぽど胸に迫るものがあったし。
たぶん、〝デッドエンド~〟を書いていたときのばななさんの精神状態やら生活やらが
めっぽうよくて、だからこそ彼女はそう思ったんじゃないのかな、と思う。
人生の一番いいときに聴いた音楽、つけていた香水、そういうのがいつまでも自分の中で
最高の記憶として残るのと同じで。
それにこの短編集が「辛い話ばかり」とも思わなかった。
これぐらいの話は(悲しいけど)フィクションどころか現実世界にもごろごろ転がっているし、
どの短編も設定が悲惨である割りにどこか甘いというかリアルに伝わってくるものがなかったので、
妙に淡々と最後まで読み進めてしまった。だからあとがきを読んだとき
「いや、そんな謝られても。。。」と逆に恐縮してしまったぐらい。
純文学やそっち寄りの小説というのは著者の実体験が元になっている場合が本当に多く、
それでいくとよしもとばななさんは実体験で物語を書いてないなというのが読んでいて直感的に
わかったし、だからこそ〝それを本当に味わったものにしかわからない悲しみ、苦しさ〟というのが
伝わってこなかったんじゃないかなと思う。もちろん彼女も生きていく上で辛い目に遭ったことは
いくらでもあるだろうけど、著作から読み取れる限り彼女が大きな欠落(たとえば幼少期のトラウマ
だったり大きな病気をしたり等)を抱えているとは到底思えないし、仮にそれがあったとしても
彼女にはそこからくる精神的不安定さというものを感じない。最後には自分の足で立てる力を
持つ人だと思う。だからそれが主人公たちにも反映されて、
彼らがどんな不幸に見舞われようと過去にどんな深い傷を負った人間であろうと
「いや、彼らなら何とかなる」と思わせられてしまうんだよな。危うさがないというか。
だから繰り返しになるけど、著者本人が言うほど〝辛い〟小説とは思わなかった。
よく言えばよしもとばななさんは〝強い〟人であり、ちょっと嫌な言い方をすれば
〝お嬢様〟なんだろうな。
表題作〝デッドエンドの思い出〟も、いい話ではあるけどどうにもマンガっぽさが拭えず、
純粋ですれていない人が書いた小説、という印象を受けたし。

ただ、このよしもとばななという人は、他人の抱える苦痛に気づく才能に長けた人だと強く思う。
たとえ自分自身はこの短編集の主人公たちのような経験をしたことがなくても、
そういう経験をした第三者の隠された傷を見抜き、理解し受け止める能力は並じゃないなと。
これは非常に稀で特殊な才能だと思うので今後も大切にしていってほしい(偉そうだけど)。

ところで〝ともちゃんの幸せ〟ですが、これは男の(場合によっては女もだけど)の
バカさ加減を実に的確に書き表していて非常に小気味いい。
世の中の男どもに読ませて回りたいぐらいです。
まあ人間、誰でも「直球で来てくれなきゃわからない、言葉にして言ってくれなきゃ気づけない」
ことのほうが往々にして多いけどね。。。

それにしてもばななさんの書く小説には食べ物の出てくるシーンが多い。
そしてそれがすごい美味そう。
そして〝透明〟という単語がよく出てくる。
これだけ見ても、彼女が真っ直ぐで前向きな心の持ち主であることがわかる。
文章ってほんと怖いぐらい書き手の性格が出るよなあ。。。
自分は客人なのだ。
期間限定の人間なのだ。




私は人を殺した。そのことが私の人生にこれほどのものをもたらすとは知らずに……。
死と悪をテーマに、現代の青年の心理を克明に描ききった衝撃の問題作。

***

「どうして人を殺しちゃいけないの?」とほざくガキどもに突きつけたい一冊です。
とのっけからものすごい紹介の仕方ですが、ここまで殺人を犯した者の抱えることになる
葛藤を描いた物語はほかにないと思うから。
人間(特に子供や若者)に何かよくないことをやめさせたければ、くどくどしく道徳を説くよりも
それが〝格好悪いもの〟であることを刷り込むのが一番、とはよく言うけれど、
本作を読むと本当に〝殺人〟という行為、そしてそれを犯した人間が、
いかに(言い方は悪いですが)マヌケで見てくれの悪いものであるかが嫌というほどわかる。
かっこいい殺人鬼なんてフィクションの世界のキャラだけ。
「いや、現実にもいるし」と言う人は、その〝英雄的殺人者〟の末路までちゃんと調べてから
言ってほしいと思う。彼らのほとんどは、大抵が誰も信じられなくなって精神に異常を来し、
そんな姿を周囲に嗤われながら屈辱と恐怖のうちに無様に死んでいくか、
法の手で惨めに裁かれている。いや、フィクションですら、〝デスノート〟のあの
夜神月の末路は悲惨なものだった。
私は決して「殺人反対!」などという考えの持ち主ではないですが(ミステリ書いてるぐらいだし)、
自分が人を殺すことは生涯誓ってないと思う。
マヌケなピエロになりたくないし。全国ネットで小学校時代の作文読まれたくないし。
何も知らない昔の同級生や近所のおばさんに無責任な自分の人間像語られたくないし。
知った風なコメンテーターたちにどうでもいい心理分析とかされたくないし。
本作にはそんな無様な殺人者の姿があまりにもリアルに書かれているので、
普通ならば忌むべき、恐れるべきであるはずの〝殺人を犯した人間〟が
滑稽に思えてきてむしろ吹き出したくなる。そんな殺人犯に対して催すのは、
恐怖ではなく生理的嫌悪感。
人を殺したいと心から思ったことのある人は、手にとって読んでみることをおすすめします。

でも正直。。。〝殺人を犯したくなる心理〟というものも同じぐらいリアルに描かれているので、
殺人者である主人公には嫌悪感と同時に共感もおぼえてしまうわけですが。。。
あまりにその描写が的を射ているので。。。
このままでは精神が死んでしまう、と思ったときに突発的な行動をとってそうなるのを無意識に
回避する、というのは私も経験があることだけに痛かった。
狂気めいた言動はときにそれをした本人を救う。そんなことで救われている自分が嫌で、
けれどそんな自分を文章を通して突きつけられているようで、まるで文章が鏡のようで、
読んでいてつらかった。
逆に本作を読んでも共感をおぼえず、心がうずかないのは、精神が健康な証拠だから
喜んでいいと思います。

繰り返しになりますが、他人か自分を殺したくなったら、その前に本作を読んでみてください。
自分の中で何かしら考えが変わるかもしれません(たぶんいいほうに。万が一悪いほうにいっても
責任は持てませんが。。。)。

ところで、作中に出てきた「何故自分は他人の子供の敵を討とうとしているのか」という疑問に対して
主人公が自ら打ち出したいくつかの答えのうち、ついに最後まで言及されなかった最後のひとつ。
それは結局何だったんだろう? 私なりに考えてみた答えはふたつ。
〝負のエネルギーを蓄えてもいずれそれは底を尽きる。そうなる前にまた補充したかった〟
〝殺人を犯す少年を自分の分身と捉え、自らを殺すつもりで殺したかった〟
このどちらかだと思うのですが、本当のところはどうなんでしょう?
本作を読んだほかの誰かと意見を突き合わせてみたいところです。

cosmo.jpg










そして耳を澄まさずにいられない自分がいる。



医学的に脳死と診断されながら、月明かりの夜に限り、特殊な装置を使って
言葉を話すことのできる少女・葉月。
生きることも死ぬこともできない、残酷すぎる運命に囚われた彼女が望んだのは、
自らの臓器を、移植を必要としている人々に分け与えることだった――。
透明感あふれる筆致で生と死の狭間を描いた、ファンタジックな寓話ミステリ。
第二十二回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

***

タイトルやあらすじだけ見るとすごくポエティック&ファンタジックな話に思えますが、
〝月の晩だけ覚醒する少女〟という設定を抜かせば実によくできた正統派ミステリです。
少女の口調が「~だわ」ではなく「~だろう?」と無機質なものであること、また、
彼女の臓器を運ぶ役目を果たすのが暗い過去と柵を背負った暴走族の少年であることからも、
本作が決してファンタジーなどではなくごく現実に根ざしたものだということがわかるはず。
むしろ終盤で、少女が臓器を他人に提供しようと決意するにいたった理由を彼女が語りだす
くだりでは、その〝理由〟があまりにリアルで叫びだしたくなるほどやるせないものだったので、
読んでいてうめき声が漏れてしまった。
そんな少女を含めた登場人物たちのリアルすぎる心理描写、そして〝ファンタジック・ミステリ〟
という本作のテーマをいい意味で裏切る、決して大げさでもなくお涙頂戴的でもないラストには
ミステリというよりむしろ純文学のにおいすら感じる。
七〇年代生まれで本作がデビュー作とは思えない確かな実力。読み終えるころには
すっかり初野氏のファンになってしまっていました。

ただ、やはり新人作家さんであるせいか、いくつかの瑕疵も見受けられましたが。
まず、少女〝葉月〟のキャラが弱い。脳死で病床に臥せっている人物に個性を求めるのも
おかしいかもしれないですが、もうちょっと主人公・すばるとの会話があってもよかったんじゃ
ないかと。すばるに魅力と存在感がありすぎるせいで、どうにもその陰に霞んじゃってるんだよな。
あまり描写がないほうが彼女という人間への想像が膨らむという人もいるのかもしれないけど、
その想像を膨らませる要素自体があまりに少なく、膨らませる途中でしぼんでしまう。
彼女はひどく魅力的な人物であることに相違ないので、その点はちょっと物足りなかった(というか
もったいなかった)。
そして葉月がすばるを運び屋に選んだ理由。弱すぎる。彼女と同性である私も首をひねらざるを
得なかった。
「え? どういうこと? そもそもなんで自分と同じ理由で受験に落ちたことが
わかるの
? で、どうしてそれだけでそこまで好きになるの?」
と違和感ありあり。
そして葉月が臓器を提供する相手をすばるが彼の独断と偏見で選ぶという設定。これは
冷静にみるとずるい設定ですね。葉月とすばるが助けた人間の陰にどれだけ同じ病で
苦しみ絶望している人がいるかと思うと素直に感動しづらかった(特に私は『○○ちゃんを助けて』
的な募金活動があまり好きではない派なので。見知らぬ子供一人に募金するぐらいなら
その子を含め同じ病気に苦しむ人間たちが一刻も早く助かるようにその病気の研究施設に
お金を寄付する)。
最後に全体的な部分でいうと、構成力・文章力は非常にしっかりしているもののどこか
薄らぼやけた印象があるというか、絵はすごくうまいのに2B(もしくは4B)の鉛筆で書いている
みたいに輪郭が淡すぎる感じがした。強調すべきところが曖昧なままの部分が多い、みたいな。
そこが(上記のキャラの個性も含め)もっとくっきりと描き出されていたら本作は文句なしの
傑作になっていたんじゃないかな、と個人的には思う。

でも基本的にはかなり良質の物語。おすすめの一作です。
章と章の合い間に挿入される葉月とすばるの会話なんて鳥肌&号泣もの。
ちなみに本作が気に入った人は↓もおすすめ。基本コンセプトが似ているし
図書館で借りて読んだあとそれだけじゃ飽き足らず文庫を買ってしまったほどの名作です。

げに、人間ってのは怖いもんだ。



隆の住む麹町の住人は、非常時に臍の「結節器」で他人と繋って巨大生物と化し、
外敵から町を守る。その行為に、隆は快感を覚えるようになり…。
エロスとバイオレンスに満ちたパラレルワールドへ誘う、全9篇の短篇集。

★収録作品★

 むかでろりん
 鬼を撃つ
 MEET IS MURDER
 ピノコな愛
 八つ裂けな妻
 肝だめ死
 もうどうにもとまらない
 子供は窓から投げ捨てよ
 トワイライト・ゾーンビ

***

遠藤氏の著作を読むのはデビュー作〝姉飼〟以来。
以前たまたま雑誌で読んだ〝肝だめ死〟があまりに面白かったため、
同作が収録されている本著を手に取った次第なのですが。。。

何じゃこりゃ?
と読みながら自分の首が傾いていくのを感じた。
シュール。もうほんとあまりにもシュール。
いや別にシュールでもいいんです、大好きですよ絵画でもマンガでもシュールな芸術は基本的に。
ただあくまで、そのシュールさの中に何かしらの面白みorテーマが読み取れるならっていうのが
前提だけど。本作収録の短編にはほとんどそれがない。シュールというか荒唐無稽。
読み終えたあと「え? 何だったの? 作者は何が言いたかったの?」と首90°ぐらい傾いた。
何だか著者が見た夢をそのまま書き連ねた〝夢日記〟でも読まされているような感じがした。
正直、奇を衒えばいいってものじゃないと思う。

まあ全部が全部そうというわけじゃないんですが。
上に書いたとおり、〝肝だめ死〟は物語としても面白くてテーマにも深みがあるので
読んでいてうならされたし。
ただやっぱり〝お話〟として一話一話を見ていくとどうにも不完全感が拭えない。
〝MEET IS MURDER〟や〝トワイライト・ゾーンビ〟のオチはありがちすぎて正直冷めたし、
〝八つ裂けな妻〟のラストは〝犬夜叉(高橋留美子著)〟に出てきたある敵キャラを
彷彿とさせるし(パクリ? とすら思った)、
〝もうどうにもとまらない〟は舞城王太郎氏の著作とイメージがかぶりまくっていて
いっそ彼に書いてほしいぐらいだったし)。

むしろ本作はそれぞれの話に挿入されている小ネタのほうが面白いんだよな。
〝MEET IS MURDER〟の芥川賞ネタには爆笑したし、
〝ピノコな愛〟の〝カラフルふるふるキャンディー〟は描写が魅力的すぎて
かなり食べてみたいし(笑)。

ただ、言語学を研究している遠藤氏の割りには今回文章を形作る言葉選びに新鮮味がなく、
特に若者の描写が圧倒的にヘタで(十代の女の子が登場する話では
彼女の口調があまりにオバンくさいので途中まで十代と気づかなかった)
どうしたの? と心配になってしまった。
言葉遊びが空回りしているというかくどくて上滑りしているというか。。。
デビュー作の作文センスが絶妙だっただけに肩透かしを食らった気分。
むしろ無理に言葉遊びをするより先に、最終話の男の子が〝タケウチタケユキ〟って
無茶苦茶ゴロ悪いネーミングなのをどうにかしてやってくれよ、と心の中で突っ込む始末。

全体的になんだかなあ。。。という印象の作品でした(〝肝だめ死〟を除く)。

遠藤氏と平山夢明氏は作風が少し似てますが、レベル的には平山氏のほうが高い気が
自分的にはする。

次回作に期待します。
どうしてここにいるのかなんて、わからない。



ある日、ビルの屋上で出会った望月景と中川清香。
ある晩、廃工場で出会った椎名純紀と久我誠司。
大人たちから逃れるには「死」しかないと追いつめられ、さまよっていた若い男女に訪れた偶然。
ふたつの出会いがひとつにつながった時、「奇跡」が起きた――。
日本ホラー小説大賞短編賞受賞作家が放つ渾身の書き下ろし小説。

「死ねば、安らぎが手に入ると思った」望月景
「あたしには、あんたが必要なんだ」中川清香
「世界に適応できない者は死んでいく」椎名純紀
「おれはきみを助けたい」久我誠司

絶望の果てに紡ぎ出された、「魂の再生」の物語。

***

沙藤一樹氏は、デビュー作〝D-ブリッジ・テープ〟を読んだときから
「危うい才能の人だな。。。」と思わせられる作家だった。
どんどん進化していくか逆にまったく書けなくなるか、そのどちらかしか道を持たない種類の
物書きだな、と。

正直本作を読み始めたときは、「ああ、後者にいってしまった」とがっかりした。
かちかちした冗長で読みづらい情景描写。
昼ドラや携帯小説並みの陳腐なストーリー展開(妊娠・虐待・精神病etc.、ペラい要素てんこもり)。
この世で自分が一番不幸だと思い、自分に親切にしてくれる人に当り散らす、それでいて
見放されることを過剰に恐れ次の瞬間には泣きついて相手を必死に懐柔しようとする
境界例かと疑いたくなるぐらいにどうしようもないメンヘル女とメンヘル男のW主人公。
挙げ句著者の前著〝X雨〟だけで勘弁してほしかったのにまたしてものやおい描写。
もうほんとどこかの素人がネットにアップしてる自己陶酔系自作小説を読まされているようで
何度本を閉じてしまおうと思ったことか。ていうかこれが沙藤氏の著書じゃなかったら本気で
速攻投げてた。
第二章〝工場〟の少年が煩っている精神疾患は解離性同一性障害とも統合失調症とも
つかない珍妙なものでリアリティに欠けたし(元から非現実的な世界設定ならそれでも
眼をつぶれたのですが、今回は著者にしては珍しく現実に根ざした物語だったので
なおさらそのフィクションくささが気になって仕方なかった)。

もうほんと物語が終わるギリギリの段まで、時間を無駄にしてしまったという後悔しか
なかったのですが、途中で

いろんなボクたちの死の上に、ぼくは立っている。
これまでのように身代わりになってくれるボクは、もういない。


という一文に、単に多重人格のことを言っているのではない、すべての人間に共通する
暗喩的なものを読み取ってから、おっと思い初めて真剣に読み始めた。
その最中「どうしておまえが赤ちゃんのこと知ってんだよ。伏線張っとけよ作者。構成力ねえよ」
と突っ込みたくなる箇所があったものの(意味は読めばわかります)。。。

。。。泣いてしまいました。
最終章〝新宿〟で。
映画や翻訳もの小説とかに多いけど、本作読了後にも
「あー、このラスト3ページを読むためにここまで我慢して読み進めてきたんだな自分は」
と思った。終わりよければすべてよし、だなほんと。
この最終章がメンヘル男女二人だけの描写で終わってたらやはり投げ捨てていたと思いますが、
そこに登場するさらなる二人の登場人物、彼らの存在にこの物語のテーマがすべて
凝縮されていて、本作に深みと心地よい暖かさをもたらしている。

読んでよかったと思いました。
その境地にたどり着くまでがいささか(大いに?)苦痛でしたが。

忍耐力がある人にはおすすめの小説です。

それにしても沙藤氏、最近とんと新作書かないな。
どうしたんだろ。ちょっと心配&残念ですが、まあ気長に待つとします。
ていうか沙藤氏もだけど。。。本作の悲しいぐらいに優しくて強い登場人物、
清香と誠司のその後も非常に気になるところ。彼らはあれからどうなったんだろうか。
優しすぎる人は切ない。だから二人とも幸せになっていてほしい、心からそう願ってやまない。



蛇足:
本作を読んでいる間中、映画〝自虐の詩〟のテーマ曲〝ALL IN ALL〟が
ずっと頭の中に流れていた。
あの映画も心に傷を負った報われない男と女の恋物語だったせいかな。。。
たぶん聴きながら読むと感動が三割増しぐらいになると思うので(そして普通に名曲なので)
BGMに是非どうぞ。
(試聴はこちら
「閉めるより開けることの方が遥かに勇気が必要なんだよ」



京都某所の古めかしい洋館・戸梶邸で、資産家が刺殺された…。
柵(しがらみ)もあってしぶしぶ依頼を引き受けた名探偵・木更津悠也を待ち受けていたのは、
ひと癖もふた癖もある関係者たちの鉄壁のアリバイ。
四角く切り取られた犯行現場のカーテンが意味するものは?
一同を集めて事件の真相を看破しようとする木更津だが…。(「白幽霊」)。
京都の街に出没する白い幽霊に導かれるように事件は起こる。
本格推理の極北4編。

★収録作品★

 白幽霊
 禁区
 交換殺人
 時間外返却

***

〝翼ある闇〟で木更津&香月コンビのことは知っていたので、本作では
「ふーん、やっぱ結婚したんだ」と何とも微笑ましい気持ちになってしまった。
なんて前置きはいいとして。。。

麻耶さん文章読みやすくなったなあー!(失礼だけど初期作品は文章のあまりの
過剰装飾っぷりに読んでいて死にそうだったので。〝夏と冬の奏鳴曲〟は
そのとき体調が悪かったせいもあるけど序盤で投げたし)
短編集のせいかな?
木更津悠也は、死ぬほどむかつく麻耶作品の探偵たちの中では異彩を放つ
好印象の探偵なので(〝メルカトルと美袋のための殺人〟は、探偵のあまりのクソぶりに
体調が悪いわけでもないのに途中で投げ捨てた)すごく好き。〝翼ある闇〟のときのように
あやとりをしてくれなかったのは少し残念だったけど(笑)、四編すべて楽しく読めた。

ただ、著者が重要なキーを出すタイミングが後出しジャンケン気味で少しアンフェアだったり、
四編すべてに〝幽霊〟という非現実的な要素が絡んでいるせいで
真相や犯人の動機にもいまいちリアリティがなかったり(いるかいないかもわからない
幽霊のために人間がここまでなるかー? とどうしても訝ってしまう)、
〝禁区〟のラストで木更津が自信あり気に「これが最善の方法だった」と語っていることが
「いや、まだ十代の子にあんなやり方したらリアルに脳裏に焼きついてトラウマになるだろ」と
突っ込みたくなるようなものだったり、
〝時間外返却〟では、ビデオテープのすり替えはそんな簡単にはできないよ、
だってラベルは背中と表面、それ以外にも番号シールがテープとパッケージに貼ってあるし
剥がしたら絶対その痕跡残るし、と元ビデオ店店員としてこれまた突っ込みたくなったり、と
小さな瑕疵は幾つかあるのですが。まあ気にしなきゃ気にならない程度のことなので
深く考えずに読めば十分に面白いです(私は自分がミステリを書いているので
どうしても重箱の隅をつつく読書になってしまいがち)。

個人的に一番面白かったのは〝禁区〟かな。
登場人物たちの心理描写が巧みでタイトルもうまく内容に絡んでいておっと思わされた。

それにしても、ワトソン役の香月は本作中でやたら木更津を褒め称えるので
身内びいきというか自画自賛的な感じがしてなんかイライラさせられますが(島田荘司氏の
御手洗潔シリーズのように、探偵の天才性を何度目の当たりにしても気づかないワトソン役も
それはそれでイラつきますが)、読み進めるうちに
「そういうあんたも木更津の才能を巧みにコントロールして
事件解決に向けて誘導する力があるんじゃん」
と気づかされ、やはり名コンビなのだなとにやりとさせられます。
たぶん著者もそれが狙いなんだろうな。

それにしても(again)、どうして麻耶作品の探偵はやたら金持ちが多いんだ?
これだけはどうしても鼻につく(まあ、金持ち探偵なんてほかの作家の著作にも少なからず
いますが。。。)。

まあなんだかんだでおすすめです。
でもやっぱりまずは最初に〝翼ある闇〟を読んでほしいところ。
この扉は開けない。



野球賭博絡みのトラブルがもとで失踪した父親から少年のもとに葉書が届いた。
そこには「野球をやっているか。野球をやれ」と書かれていた。
父親の願いを適えるべきか、野球を嫌悪する母親に従うべきか。
おりしも1986年の日本シリーズ、3連敗から4連勝という奇跡が起こった。
野球をやれば父親が帰ってくるかもしれない。憧れの同級生と一緒に
芝居に打ち込む少年の心は揺れる。
少年にも奇跡は起こるのか。
三島由紀夫賞、川端康成賞をダブル受賞した俊英の最新作。

***

宇多田ヒカルが成功した理由には、持って生まれた才能に加え
幼いころから音楽教育を受けていてミュージシャンとしての基盤が出来ていたこと、
R&Bブームの波に絶妙のタイミングで乗れたこと、
等があるけど最たる理由はその〝神秘性〟、なかなか人前に姿を現さない
その売り出し方のうまさにあったと思う。
母親が著名な歌手であることもその神秘性に拍車をかけた。

と、いきなり何を言い出すのかとお思いでしょうが、本作を読んで一番に思ったのが
その〝神秘性が人を神にする〟ということだから。

扉一枚を隔てて、姿を見せないまま息子の香折に彼の出生ルーツを滔々と語る父親。
扉一枚越し、というこのやり方は〝父〟という所帯くさい、鬱陶しいほどに身近な存在を
いい意味で息子から見て高みに置くことに成功してるんじゃないかと思う。
そのことで息子にとっての父親は神秘性を増し、素直に耳を傾けようとも思える。
ただ、このお父さんが唯一失敗してしまっているのは、傷心の息子を励ましながらも
時おりその目的を忘れて自らのノロケ等の自己中心的な話題に脱線してしまうことが
多々あること。
相手への励ましの中に自分の幸せを混ぜ込んで語ってしまう、相手がそれに傷つくとも
知らずに――そういった悪意なき悪意は私も友人からこれまでさんざん食らわされて
きたので(そしてきっと自分も気づかないうちに食らわしてきていると思うので)、
「おい親父余計な話はするなよ」と突っ込むこと少なからずでしたが、やっぱりそれが
人間の不完全さなんだよなー、と改めて思ってしまった。
でもなんだかんだで終盤、己に流れる祖父の血に怯える息子に
話の流れを絶妙にコントロールすることで
「おまえには母さんや祖母の血がより多く受け継がれている、
祖父の血も直結じゃなく自分を経由したものだ、だから何も心配することはない」
と信じさせることに成功した(はずである)父親は、やっぱり息子を心から
想っていたのだろうとも思う。
そしてこの父親の母(つまり香折の祖母)は、要らないことまで言ってしまう彼とは逆に
言うべきことを彼にはっきりと伝えられないまま長い時間を費やしてしまった。
伝えるべきことのみを過不足なく相手に伝える、それはやっぱりひどく難しいことなんだな。
何にせよ、この〝神秘性を増した父親〟の説得に従って、香折には今後も
野球を続けていってほしいと思う(名前が同じなだけにどうも応援したくなる。。。って
私事ですいません)。

それにしても。。。人というのはきつい現実に直面した際、自分で自分の中に
何かしらの革命を起こすことでしかその現実を乗り越えられないんだなあ。
〝祖父〟は長年飼育していた家畜の命を奪うことで、
〝父親〟は惚れた相手を神聖視し過剰に恋愛にのめり込むことで、
自らの内部に革命を起こし、眼に映る世界を変え、つらい人生を歩いていくことができた。
たとえそれが歪な歩みだったとしても、立ち止まることなく生きてこられた。
そのことが果たして本人たちにとっていいことだったのかどうかはわからないけれど、
マンガやドラマのヒーローでもない限り真っ向から現実に立ち向かう必要なんてないと思うし、
考えうる限り最良の〝強い〟生き方だったんじゃないかと思う。
香折も今後そういった〝現実からほどよく眼を逸らすための何か〟を見つけて、
でも野球の道だけは踏み外すことなく、自らの道を歩んでいってほしい。

ところで著者の田中氏、デビュー作〝冷たい水の羊〟に比べて
会話文がめちゃくちゃ達者になっていたので驚いた。
やっぱりデビューしてからいろいろな人に会う機会が多いからかな、とか
余計な詮索をしてみたり(余談ですが彼は10年以上引きこもりをしていた模様)。
そのぶん、直接的な描写はないのになぜか妙に色気のある恋愛描写は若干
鳴りを潜めてしまってましたが。まあ今回は氏がそこに主軸を置いていないだけかな。
でもやっぱりその表現力は秀逸で、描写のひとつひとつに背筋がゾクっとなりましたが。
特に好きなのが父親が香折に言うこの台詞。
「楽にならなくてもお前はきっと大丈夫だ」。
お前は強い、なんて言葉よりよっぽど言われた者を力づける言葉だ。

陳腐な感想ですが、芸能人や恋愛や仕事にやたらのめり込む人の気持ちが
ちょっとわかった気がしました。
それ自体が純粋に好きだということは大前提としてあるのでしょうが、やはり皆
何かに幻惑されることで現実をソフトフォーカスで見られるようにしたいんでしょう。
(作家や音楽家等の芸術家は凝視しすぎてたいてい自分で自分の命を絶つしな。。。)
生きるために。
〝神秘性〟――端的に言えば自分にとっての〝神〟を求める行為は
ある意味何より重要な人間の本能なのかもしれない。

〝祖父〟は他者(家畜)の命を奪い自らが神になった。
〝父親〟は恋した相手を自分の中で女神として位置づけた。
〝息子〟――香折は今後どうなるだろうか。彼はどんな〝神〟に出会うだろう?

おすすめです。
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kovo
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女性
自己紹介:
80年代産の道産子。本と書き物が生きる糧。ミステリ作家を目指し中。
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