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読書&執筆ホリックの書評&書き物ブログ。
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そして耳を澄まさずにいられない自分がいる。



医学的に脳死と診断されながら、月明かりの夜に限り、特殊な装置を使って
言葉を話すことのできる少女・葉月。
生きることも死ぬこともできない、残酷すぎる運命に囚われた彼女が望んだのは、
自らの臓器を、移植を必要としている人々に分け与えることだった――。
透明感あふれる筆致で生と死の狭間を描いた、ファンタジックな寓話ミステリ。
第二十二回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

***

タイトルやあらすじだけ見るとすごくポエティック&ファンタジックな話に思えますが、
〝月の晩だけ覚醒する少女〟という設定を抜かせば実によくできた正統派ミステリです。
少女の口調が「~だわ」ではなく「~だろう?」と無機質なものであること、また、
彼女の臓器を運ぶ役目を果たすのが暗い過去と柵を背負った暴走族の少年であることからも、
本作が決してファンタジーなどではなくごく現実に根ざしたものだということがわかるはず。
むしろ終盤で、少女が臓器を他人に提供しようと決意するにいたった理由を彼女が語りだす
くだりでは、その〝理由〟があまりにリアルで叫びだしたくなるほどやるせないものだったので、
読んでいてうめき声が漏れてしまった。
そんな少女を含めた登場人物たちのリアルすぎる心理描写、そして〝ファンタジック・ミステリ〟
という本作のテーマをいい意味で裏切る、決して大げさでもなくお涙頂戴的でもないラストには
ミステリというよりむしろ純文学のにおいすら感じる。
七〇年代生まれで本作がデビュー作とは思えない確かな実力。読み終えるころには
すっかり初野氏のファンになってしまっていました。

ただ、やはり新人作家さんであるせいか、いくつかの瑕疵も見受けられましたが。
まず、少女〝葉月〟のキャラが弱い。脳死で病床に臥せっている人物に個性を求めるのも
おかしいかもしれないですが、もうちょっと主人公・すばるとの会話があってもよかったんじゃ
ないかと。すばるに魅力と存在感がありすぎるせいで、どうにもその陰に霞んじゃってるんだよな。
あまり描写がないほうが彼女という人間への想像が膨らむという人もいるのかもしれないけど、
その想像を膨らませる要素自体があまりに少なく、膨らませる途中でしぼんでしまう。
彼女はひどく魅力的な人物であることに相違ないので、その点はちょっと物足りなかった(というか
もったいなかった)。
そして葉月がすばるを運び屋に選んだ理由。弱すぎる。彼女と同性である私も首をひねらざるを
得なかった。
「え? どういうこと? そもそもなんで自分と同じ理由で受験に落ちたことが
わかるの
? で、どうしてそれだけでそこまで好きになるの?」
と違和感ありあり。
そして葉月が臓器を提供する相手をすばるが彼の独断と偏見で選ぶという設定。これは
冷静にみるとずるい設定ですね。葉月とすばるが助けた人間の陰にどれだけ同じ病で
苦しみ絶望している人がいるかと思うと素直に感動しづらかった(特に私は『○○ちゃんを助けて』
的な募金活動があまり好きではない派なので。見知らぬ子供一人に募金するぐらいなら
その子を含め同じ病気に苦しむ人間たちが一刻も早く助かるようにその病気の研究施設に
お金を寄付する)。
最後に全体的な部分でいうと、構成力・文章力は非常にしっかりしているもののどこか
薄らぼやけた印象があるというか、絵はすごくうまいのに2B(もしくは4B)の鉛筆で書いている
みたいに輪郭が淡すぎる感じがした。強調すべきところが曖昧なままの部分が多い、みたいな。
そこが(上記のキャラの個性も含め)もっとくっきりと描き出されていたら本作は文句なしの
傑作になっていたんじゃないかな、と個人的には思う。

でも基本的にはかなり良質の物語。おすすめの一作です。
章と章の合い間に挿入される葉月とすばるの会話なんて鳥肌&号泣もの。
ちなみに本作が気に入った人は↓もおすすめ。基本コンセプトが似ているし
図書館で借りて読んだあとそれだけじゃ飽き足らず文庫を買ってしまったほどの名作です。

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80年代産の道産子。本と書き物が生きる糧。ミステリ作家を目指し中。
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