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読書&執筆ホリックの書評&書き物ブログ。
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。。。。。。

  

「ユーモアと心理学と不条理と論理を駆使した超絶推理!」
二階堂黎人氏、仰天!
ここはメンタル・クリニック<なみだ研究所>。
新米臨床心理士として働くぼくこと松本清は、最近目眩(めまい)に悩んでいる。
あいつ、波田煌子のせいだ。
貧相な知識にトボけた会話。こっちが病気になりそうなのに、
なぜか患者の心の悩みをズバリと言い当て、その病を治してしまう。
本当に彼女は伝説のセラピストなんだろうか。
そして今日もあの不思議な診療が始まった・・・・・・。

★収録作品★

 アニマル色の涙
 ニンフォマニアの涙
 憑依する男の涙
 時計恐怖症の涙
 夢うつつの涙
 ざぶとん恐怖症の涙
 拍手する教師の涙
 捜す男の涙
 
***

典型的〝本格推理もの〟。
サイコセラピスト波田煌子(なみだきらこ)も、肩書きがそうであるだけで
やっていることは完全に〝(安楽椅子)探偵〟だし、
語り部である彼女の助手の臨床心理士・松本もワトソン以外の何者でもない。
著者の鯨氏のこれまでの作風から、ラストにとんでもない暴走が
待ち構えているかもと怯えながら読んでいましたが(笑)、
そんなことはなく、ごくオーソドックスかつ良質の推理小説でした。
文体や扱われている事件も比較的軽めなので、
ミステリに興味のある人の入門書としてもいいかも。

それにしても。。。
〝探偵事務所〟の代わりに〝メンタル・クリニック〟を、
〝依頼人〟の代わりに〝患者〟を、
設定として持ってくる著者のセンスは素晴らしいとしか言いようがない。
煌子が解き明かすのはテレビのニュースで取り上げられるようなものじゃなく、
あくまで〝患者自身の中で起きている事件〟。
やや強引な推理もあるにはありますが、
彼女が持ち前の独特な思考回路を駆使して患者の悩みの根源を見抜き
彼らを心の闇から解き放つ様は見ていて爽快。
(まあ実際には、原因を理解しただけで救えるほど生易しいものじゃないけど、
それを言ったら野暮だしね。。。)
随所に盛り込まれた心理学うんちくも、初心者にも理解しやすいように
非常に分かりやすく書かれており、誰が読んでも楽しめるはず。
ところどころに地雷のように潜んだギャグにもさんざん爆笑させられました。

最終話のどんでん返しも、
一話目からちゃんと読み進めていれば「ああやっぱりそう来たか」と予測はついて
しまうものの、それでもやっぱり感動させられる。
次いで最後のページで明かされるある〝真相〟。
波田煌子が患者の謎を解き明かすたびに流す涙は、
やはり患者への深い共感と、救いたいと心から願う優しさから来ているんだなと
(しかもそのためには自己犠牲も厭わないんだなと)
思い知りこっちまでちょっと泣けてしまった。

波田煌子シリーズは本作以外にも二つ出ているので、それも近々読む予定です。


蛇足:
作中に出てくる精神療法の一環である〝サイコドラマ〟、
以前観たこの映画



がそれに近いことやってたなそういえば。
これも〝サイコドラマ〟だったんだろうか。
今度また観てみよ。

蛇足2:
本書の最後に書かれていた〝参考文献〟に
〝和風のお菓子〟と〝緑茶入門〟があったのが
何ともほほえましかった。
鯨統一郎さん好きだ@
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「もう行っちゃうの?」
「いつまでも痛いのは嫌だろう?」


 

密室と化した図書館内で女性が短剣で貫かれる。周囲には七芒星の模様が。
城から六人の男が消失、首を切られ、辿り着けるはずのない湖で発見される。
さらに頭部を失くした人間が突然現れたり、人の出入りのない状況で四体もの死体が消える。
恐るべき不可能犯罪の運命的な連鎖を描く本格ミステリ。 

***

北山氏の〝城〟シリーズ、
巷では〝『アリス・ミラー城』殺人事件〟が評判がいいみたいですが、
私は本作が一番面白かった。

著者の代名詞とでもいうべき〝物理トリック〟も、今回は少し地味(というかシンプル)ではあるけれど
意外と予測し難くて明かされたときには読み手をあっと驚かせてくれるし、
200Pちょっとの厚さでこんな3時間の大作映画並みの世界観を描ききれる筆力はすごい。
「よくもまあそこまですごいこと考えつきますね」と思わず言いたくなるような
〝輪廻転生〟を下地にしたはじけとんだ設定を、読み手の心にすんなりと浸透させてしまう
表現力・描写力も感嘆に値する。

ファンタジーと科学、本来相反する二つの要素が何ら違和感なく溶け合っているのも
北山氏ならでは。
この作者は本当にそういうのがうまいからなあ。。。
知ってる限りじゃその二つが水と油みたいに分離してしまってる小説のほうが多いのに。

それにしても本作を読んで痛感したのは、
「男のほうが女よりロマンチストってほんとだなあ」ということ。
著者の恋愛観があまりに壮大すぎて、感動を通り越してめまいすら感じてしまった(北山氏の著作は
女性の読者が多くつきそうだなと前々から思ってはいましたが、本作にてはっきり再確認)。
あーそれにしてもこんな感覚は

 

を読んだとき以来だー(この二つもかなりおすすめ。恋愛なんて次元とっくに超越した、
最強の絆で結ばれた男女の物語を堪能できます)。

本作に敢えて難を言うなら、
戦争パート(本編は〝現代パート〟と〝中世パート〟と〝戦争パート〟に分かれています)の
トリックがいささかアンフェアな点(遺体消失の理由はまあいいのですが、それを推理する
主人公のモノローグに読者の誤解を招く部分あり)と、
某人物が「世の中の男はすべて自分だ」と心底信じている(意味は読めばわかります)割には、
すぐそばにいる別の男性を完全に他人視して嫉妬するという矛盾がある点(自分自身に
嫉妬する人はいないし)。
この二つさえなければ私の中では100点だったのに(まあ他にもツッコミポイントは
いくつかありますが)。

でも全体に良作。推します。
ラストシーンで最後にして最大の謎が明かされたときの切ない高揚感(思わず涙目で「あ!」と
叫んだ)、
更にその次のページに待ち構える驚愕のオチ(↑の二倍の大声で「ああっ!!!」と叫んだ)、
最後まで魅せてくれる物語です。

私が男なら(いや女のままでもいいんだけど)恋人に無理にでも勧める。
どうか無事でいてください――



自殺者の命を救え!
浮かばれない霊たちが、天国行きと引き替えに人名救助隊を結成、地上に舞い降りた。
救うべきは、100人の命…。
怒涛の人命救助エンタテインメント。
『別冊文芸春秋』連載を単行本化。 

***

物書き修行の一環として、
文章表現やキャラの造形、物語の構成等をチェックしながら本を読むのが
癖になっている私なのですが。。。

この小説ではそれができなかった。
そんなの忘れてただひたすら読み進めてしまった。
感情が思考を意識の外に追いやってしまう。
それほどに面白かった。

「あんたら自殺なんてもったいないことしたんだから
罪滅ぼしに100人の死のうとしている人間を救いなさい。
でないと天国に行かせてやんない」
神さまにそう宣告され、自殺志願者を思いとどまらせるために奔走する
四人の〝幽霊〟。

とてもわかりやすくシンプルな設定。
でもだからこそ書き手の技量が試される。
死にたいと一度でも思ったことのない人間なんてこの世にはきっといないし、
だから読者はいつしか救われる側の人間の立場で彼ら救助隊を見るようになる。
「おまえたちに自分を救えるのか?」と。
少なくとも私はそうだった。

命を救うということはつまり「命は大切にしましょう」と言っているのと同じで、
この言葉はよほど適切に用いない限りは
ただのつまらないきれいごとや説教にしか聞こえない。
けれどこの物語で使われるその言葉はちゃんと私の心に届いた。
ページを繰るたび泣いて笑って、読み終えるころには何だか自分も少しだけ
彼らに救ってもらった気がした。

たぶん彼らの〝救い方〟にはユーモアがあるからかもしれない。
直球じゃなく変化球で救いの手を差し伸べてくれる。
たとえば惚れた相手にフラれたときに、
「きっともっといい人が見つかるよ」とありがちな励まし方をされるよりは、
フラれた相手のめちゃくちゃかっこ悪い姿が写った写真を見せてもらったほうが
深刻に落ち込んでいたのがバカバカしくなって元気になる。
そういう感じ。

うつを初めとする精神的苦しみを克服するのに
その手のマニュアル本を読んだり心療科に通院したりすることに抵抗のある人は、
まず本書を手にとってみてほしい。
もしかしたらこの本一冊だけでもかなりの効果があるかもしれない。
著者の人間という存在に対する温かな等身大の眼差しを、
本書を通して受け止めるだけでも癒しになります。

精神の病に関する描写はちょっとその手の資料丸写しといった感があったけど、
別にこの物語のメインはそこではないし変にひねられるよりはいいのかな。
むしろ中盤で登場する指揮者を目指す少年の話で、著者が地の文で音楽用語を連発しすぎて
もはや悪ノリの域にまで達してたことを突っ込むべきか笑←いえ、話自体は素晴らしいのですが

救助隊メンバー4人の迎える結末は、
「たった一度のこの生を精一杯生きよう」
という本作のテーマに逃げ道を与えてしまっている気がしないでもないのですが、
そんなこと言ったらまず〝幽霊〟って設定から否定しないといけなくなるので
あえて眼をつぶることにします。

ふとした瞬間に意味もなく前向きな感情がこみ上げてくる、
誰しも一度はそんな経験があるでしょうが、
それはもしかしたら彼らがそばで励ましてくれてたのかもしれませんよ。
バット、ノー、ウェイ。



高校時代にいじめられていた亮太は大学入学を機に変わろうと「正義の味方研究部」に入部する。
正義の名のもとに学内のトラブルを解決し、自分の変化を実感するようになるが、
次第に本当の正義とは何なのかを考え始める。
書き下ろし長編青春小説。

***

本多孝好氏といえば〝静謐な恋愛ミステリ〟というイメージですが、
本作は一転コミカルな青春ストーリー。

舞台は大学、
そこに通う自己模索中の平凡な主人公、
そんな彼のちょっと変わった仲間たちとの友情&ぎこちない恋愛、
やがてめぐり合うささやかな出来事&驚愕の大事件。
こういった描写や全体に漂う雰囲気は伊坂幸太郎氏の〝砂漠〟に近い。
(伊坂氏本人も、以前本多氏の著作をして「僕とよく似ている」と評していたし)

ただ。。。あくまで〝近い〟、というだけで、
作品のクオリティ的には並べちゃいけないものだと思う。
本作の内容は私的には受け付けるものじゃなかった。

物語序盤、主人公が入部した〝正義の味方研究部〟の部員たちが
過去に部の先輩が成した〝偉大な業績〟について語るシーンがあるのですが、
まずその時点でしっくりこない。
「それってそんなに偉大なことかー?」と、まるで何かの新興宗教に傾倒してる相手から
教祖さまの素晴らしさについて熱く語られているときのような腑に落ちなさを感じてしまう。
しかしこちらがそうして訝っている間にも主人公は
「すげえ。かっこいい」と一人でテンション加速し出すので
しょっぱなから置いてきぼりをくってしまう。

悪行を働いた人間を成敗するのがモットーの部なのに
レイプまでやらかした男に与える罰が「もうやりません」という誓約書を書かせることだけ。
いくら相手の女の子がほとんど精神的ダメージを受けてないとはいえ
そんなハンパなことするぐらいなら最初から何もしなくていいじゃん、と思ってしまう。
何より読んでいて物語としての爽快感がない。
(ゲーム〝逆転裁判〟、マンガ〝クロサギ〟〝恨み屋本舗〟、
こういったものがなぜ人気を得ているのかといえば、
やっぱり悪党をこてんぱんにする痛快さがあるから。だけどこの小説にはそれがない)

それでも初めのうちは
「勧善懲悪なんて薄っぺらなテーマを著者は書きたいわけじゃないんだろう」
と思いそれ以外の要素に眼を向けて読み進めていましたが、
結局ラストまで何が言いたかったのか、テーマが何なのかあやふやなまま。
唯一読み取れるのは
〝周りに流されてばかりだった頼りない主人公が自分の意思で物事を決められるようになった〟
ということですが、400P以上の長編を読破して得られるものがたったこれだけじゃ
正直不満が残ります。

主人公を含めた登場人物たちそれぞれの価値観も、
どれもこれもどこかピントがずれているというか不快で、
しかもそんなつまらない尺度の中で一人もがいて勝手に苦しんでいるのだから
(容易に抜け出せないほど重い価値観というわけでもないのに)
あまり応援する気にもなれない。
あげく周囲への逆恨みで「世の中は不公平だ」とのたまう主人公に至っては
応援以前にむしろ失笑。
誰一人として共感できる思考の持ち主がいない小説というのは久しぶりかもしれない。
本多氏のこれまでの著作は好きなだけに釈然としませんが。

ただ、氏の小説にはデビュー時からやけに〝学歴〟へのこだわりが見受けられたので
(主人公がほぼ高学歴だったり、エリート的な人物が頻繁に登場したり)
まさにその価値観が押し出され気味の本作に嫌悪を感じてしまったのもあるかも。
(もちろん〝高学歴バンザイ!〟なんてことは書かれていませんが、かといって否定するでもなく、
どちらかといえば〝肯定〟にベクトルが向いていた気がした)
&これは低レベルないちゃもんですが
慶応卒の著者が「慶応は名門」を作中で連発していると、
他意がなかろうが何だか鼻白んでしまうので控えたほうがいい気が。←せめて慶応を早稲田に変えるとか


それぞれのキャラに付加された個性もほとんど見せ場のないまま終わりを迎えてしまうし、
作中で展開されたエピソードも後の展開に絡んでこないままほぼ未消化(たとえば○○さんが
過去にいじめの加害者だったこと等)。
いろいろな方向にテーマが乱反射して、物語の芯を貫く太い一本の光がない。
(青春小説にそれがなきゃヤバい)
結果、上述のとおり著者が何を言いたいのかわからない小説になってしまっている気がした。

文章や構成の安定感は抜群なので、そういった面では著者の物書きとしての才能は
未だ健在だなと改めて感心してしまいましたが。
でもできればこれまでの恋愛ミステリに戻ってほしいと思う。

〝小説すばる新人賞〟の受賞作にありそうな文体&テーマ&雰囲気の小説なので、
ああいった系統が好きな人にはいいかも。

それは影。
それは闇。


 

過去の呪縛から逃れるため転校した神戸の小学校では、
奇妙な遊びが流行っていた。
「牛男」と呼ばれる猟奇連続殺人鬼の、次の犯行を予想しようというのだ。
単なるお遊びだったはずのゲームは見る間にエスカレートし、
子供たちも否応なく当事者となっていく――(表題作)。
新世代文学の先鋒が描き出す、容赦ない現実とその未来。
ボーナストラックとして書き下ろし二編を収録。 

★収録作品★

 大洪水の小さな家
 死体と、
 慾望
 子供たち怒る怒る怒る
 生まれてきてくれてありがとう!
 リカちゃん人間

***

限りなく現実離れしてるのに
現実世界よりずっとリアル。
だからメフィスト賞作家は大好きなのです。

とまあそれはいいとして、先日乗っていた電車が緊急停止した際に、
「人死んでねえの? なーんだつまんねえの」と
でかい声で言って笑ってるクソガキ♂を見ましたが、こういう
「俺ってワルなんだぜ~。人死んだら驚くより喜んじゃうんだぜ~」
的雰囲気を醸し出したいだけのガキはまだかわいいものなのです。
怖いのはそれを気取りでも何でもなくごく当然のように思考して
「なんだ。つまんない」と誰に聞かせるでもなくポツリとこぼす子供。
それが世の中で一番恐ろしい、悪意より上の狂気と呼ばれるものです。

本作に登場するのはそんな〝狂気〟を孕んだ子供ばかり。
激情に駆られた結果ではなく、
己の強さを誇示するためでもなく、
ただ何となく楽しそうだから悪いことをやる。
最近では何か事件を起こした子供が犯行の動機を訊かれて
「別に~。ただ何となく、楽しそうだったから」
と答えることが多くバカな大人どもがそれに本気で怯えていたりしますが、
あのガキども(暴言すいません)はただかっこつけて言ってるだけで
絶対に動機は(ストレスなり仲間内でのプライドなり)あるはずなのです。
でもこの物語の子供たちにはそれがない。

本作に登場する女教師のモノローグ、
「相手の感情がわからないって何て怖いことなんだろう」
まさに彼女と同じ感覚を読んでいて味わうことができます(え? 味わいたくないって?笑)。

この先こういう〝行為に動機を一切必要としない〟、
悪い意味で精神的に自給自足してしまっている(すべての感情が自己完結してしまっている)子供が
本当に増えていくのかもしれないな。
月並みだけど人間同士の関わりはどんどん希薄になっていってるし。
閉じこもって人と触れ合わない状態で生きていくにはそういう進化をするしかない。
今の子供たちを見ていても、友人同士で会話をしているというよりは、
相手の言葉にもっともリズムよく乗っかる言葉を絶妙のタイミングと言い方で返す、
ある種ラップバトルみたいなノリだけの上っ面な会話をしてる子が本当に多いしな。
相手の言葉の〝意味〟じゃなく〝響き〟だけを聴いてるみたいな。
(例:
A「昨日金落としてさ~」
普通なら「え、いくら?」「どこらへんで? ちゃんと見つかった?」「それは災難だったね」
とか返すとこを
B「うーわマジで? あー恵んじゃったね。どっかの誰かに恵んじゃったねソレ。
恵まれた相手今ごろお前に感謝して祈り捧げてるよ『キラ様。。。』ってアハハ」
↑妙にリアルですいません)
そこにはたぶん〝感情〟はない。

話変わって本作の小説としての評価をすると、
一つ一つの話は非常によく出来ているのですが、
それぞれのラストのニュアンス(というか文章表現)がかぶり気味だったので
一話目以降は新鮮味が感じられなくてちょっと残念。
それさえなければ読み終えるたびにもっと衝撃を受けられたのになー。
まあそれでもどれも十分に胸にずしんと響きましたが。

私的に一番好きだったのは最終話〝リカちゃん人間〟。
冒頭の不快さは作中一ですがエンディングの爽快感もまた作中一で、
その陰から陽、ImplosionからExplosion(しっくりくる日本語訳が思いつかなかったので
英語のまんまでごめんなさい)
へのコントラストがもう絶妙
&ヒロインと教師の関係が何だかインパクトが強くて好きで読み終えた未だに忘れられない。

「……一人で狂うのは、嫌だろう?」



浮浪者たちに輪姦されている精神薄弱の女・やっちりを目撃した私と友人・冴木。
夜の工場跡地で体験した、暴力の光景。後日、やっちりは死体となって発見される。
少年時代に体験したひとつの死。
二人の生き方は、成長するにつれだんだんと社会から逸れていってしまう。
ある日、大人になった私のもとに冴木から電話がかかり、二人は再会する。
数日後、私が自宅に帰宅すると自分の部屋の中で、ひとりの女が死んでいた。
それは、よく指名するデリヘルのエリコだった……。
心の闇、欲望、暴力とセックス、そして人間とは何か。
暴力と人間をテーマに描く芥川賞作家が全精力を傾け、
ミステリアスな物語とスピード感あふれる文章で描き出した傑作長篇小説。 

***

もともと純文作家にしては著作にミステリ的色合いの強い中村氏、
今回は特にその傾向が顕著なので
ミステリ書きの私にはより楽しめる作品でした。

本作で描かれているテーマは、
人間の〝本能〟と〝理性〟の葛藤。

たとえば人間という生き物の中にも、動物と同じように
その種の平均より性欲の過剰な個体はいるわけですが、
人間の場合その〝異性と交わりたい〟という単純な欲望に
想像力によって様々な歪んだオプションが付加されてしまう。
メガネじゃなきゃ反応しない。
ナース服じゃなきゃ反応しない。
同性じゃなきゃ、犯罪者じゃなきゃ、赤ん坊じゃなきゃ、
レイプじゃなきゃ、屍姦じゃなきゃ、動物じゃなきゃ、etc.etc.。。。

知能があるが故の複雑な性欲。
「もう自分はこうなんだから仕方ない」
と割り切って生きていければいいのでしょうが、
これもまた人間ならではの〝理性〟を持って生まれてしまったがために
そんな偏った自分に嫌悪感を抱いてしまう。

病気なら治療の余地もある。
だけどもしそれが〝本能〟だったら?
たとえば自分の精神が普通じゃないことを自覚して病院に行き、精神科医に
「あなたのそれは病気じゃなく〝性格〟なので治しようがありません」
と言われてしまったら?

本作では、
自分の中の歪んだ性癖をいなすように生きる青年と
それとまともに向き合って生きる青年の二人が描かれている。
選んだ道なりのメリットもデメリットもあるけれど、
やはりどちらも幸せであるとは言いがたい。
けれどそれでも今後も生き続けようと思うなら、
克服しようのない自分の〝本能〟を一生ひきずっていくしかない。

物語の終盤で、
片方は〝妥協〟
片方は〝終息〟
をそれぞれ選んだ。
自分なら選ぶのは後者かもしれない。
まさに〝終息〟を選んだ彼のように、最後に一つだけ誰かのためになることを遺して終わる。
時おり暴れだしそうになる〝本能〟をなだめてくれる、もしくはこの物語の主人公のように
「自分も一緒に狂う」と言ってくれる第三者がそばにいればどうかわからないけど。
でもそれは私が女だから。
男ならためらいなく〝CONTIINUE〟ではなく〝GAME OVER〟を選択する。
 
 
誰にも理解されない、その人間だけの持つ〝本能〟。
何だか富樫義博氏の著作〝レベルE〟(死ぬっほどオススメマンガ。
ミステリ好きの人はぜひ)のエイリアンを思い出した。
知能を持って生まれたが故に己の本能に苦悶する。
切ない話だな。

伊坂幸太郎氏の著作〝重力ピエロ〟の登場人物
〝春〟も、おそらく本作の冴木とよく似た葛藤を抱えて生きている。

己の性的本能に対する葛藤を描いた本作、
女性より男性のほうがより理解できるでしょう。
私は女なので主人公たちの男の生理が理解し切れずちょっと残念。
性欲以外なら未だ戦い続けている〝本能〟はあるけど。
それは世の中のほとんどの人間と同じように。


追記:
本作中にて、主人公が
外国のビッグアーティストにジャンキー(ヤク中)が多い理由を
〝ライブでの高揚を日常にも求めてしまうからだ〟
というように推測していましたが、それは違うような気がする。
彼らはライブを重ねていくうちにその瞬間の高揚に〝慣れて〟しまい、
次第に昂ぶりを感じなくなり焦ってドラッグでその感覚を取り戻そうと
するんだと思う。
歌をやってる私なりの見解ですが。

愛されている。



生きるということは、透明魔人をたくさん生み出していくことなのだ。
空飛ぶ一家と家族の交換。
額に書かれた自分の名前。
バットでボコボコ僕のプリウス。
学校襲撃絶対ノンノン!!
夢と嘘と優しさと愛と憎しみと悲しみと平和と暴力。
どうして目に見えないものばかりが世界に満ちているのだろう? 
21世紀型作家による5つの世界創造。

★収録作品★

 みんな元気。
 Dead for Good
  我が家のトトロ
 矢を止める五羽の梔鳥 
 スクールアタック・シンドローム

***

舞城氏にしては何だかパっとしないなあ。。。というのが正直な感想。

これまでは、作中でどんなに破天荒なことをやらかしていても
その根底には読者に対するサービス精神(といっても、よくある
『どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませ』みたいなへりくだったものじゃなく、
『おうおまえら、俺は好き勝手やるけどまあおまえらもせいぜい楽しんでいけよ。
じゃあなあばよ』的な)があったのに、今回はもうほんと
〝自分の、自分による、自分のための小説〟
みたいな感じだった。
著者読み手のこと完全に無視というか。
人の夢(寝て見る方のね)日記を覗き見た感覚に近い、というか。
どうにも荒唐無稽すぎて、読んでいて置いてきぼり感が。

表題作〝みんな元気。〟の恋愛+ファンタジーな世界観は
氏の以前の著作〝阿修羅ガール〟にかなり近い。
と、いうよりほぼその焼き直し(〝阿修羅~〟にも〝透明魔人〟ならぬ〝グルグル魔人〟が
登場するし。けれど本作ではその魔人がいてもいなくてもいいほど存在意義が希薄かつ無意味。
「舞城氏、どんだけ魔人って設定が好きなんだ?」とこれまたどうでもいい感想が湧いただけ)。

玄関チャイムやキャラの笑い声を独特の擬音で表現するのも、
初めて見たときはすごく斬新だったけど何度も繰り返されると鼻につく。
「これ著者が実際交わしたものをそのまま書いてるんじゃないの?」というほどリアルな
登場人物同士の会話も、あまりにダラダラ続けられると
「そのへんははしょっていいから早く話を進めてよ」と思ってしまう。

その他表題作に関しても、小説というよりは論文を読んでいるようで、舞城氏が〝物語〟ではなく
単に自分の主張をそのまま書いただけ、という印象を受けた。
登場人物も、これまでの著作に登場する
〝まともでもいい奴でもないけどどこか一本芯が通っていて愛せる〟キャラから一転、
不快なだけの人物が多いし(自分的には特に〝我が家のトトロ〟の
主人公の奥さんが好きになれなかった。
むしろ〝普通に考えたら絶対におかしい(しかもそれが人を傷つける)ことを一片の疑念もなく
堂々とポリシーとして掲げにっこり微笑む〟という彼女のキャラに
恐怖すら感じる始末←友人にそういう人がいるせいかもしれませんが)。

唯一よかったのは〝スクールアタック・シンドローム〟。
これだけは舞城氏本領発揮。
登場する父子むっちゃ格好いい&親子愛すてき。
(出版社もわかっているのかこれは本作とは別に文庫本が出てます↓)

 

読んで十分満足いったのはこれだけ。

でもどの作品も〝人に読ませるための物語〟の体をあまり成していない、というだけで
(いやそれが問題なんだよ、という意見はさておき)、読後何も得るものがないわけでは
もちろんないので(〝みんな元気。〟のラストは感動だし)、読むならやっぱり
本作を読んでみてほしいな。

やっぱり舞城氏は好きなので次回作に期待します。

ちなみに文庫版には〝トトロ〟と〝スクール〟収録されてないのでご注意。
覚悟しておけ。



精神科医・南川藍子の前にあらわれた三人の男たちは、それぞれが脳に「傷」を持っていた。
試合中、突然マスコットガールに襲いかかり、殺人未遂で起訴されたプロ野球選手。
制服姿の女性ばかりを次々に惨殺していく連続殺人犯。
そして、事件捜査時の負傷がもとで、大脳に障害を負った刑事。
やがて、藍子のもとに黒い影が迫り始める――。
人間の脳にひそむ闇を大胆に抉り出す、傑作長編ミステリ。

***

過去にドラマ化されてるんですね。知らなかった。

20年前(本書は88年発刊)の時点で精神病・脳障害というテーマをここまで描き切れる
著者の技量にはただただ感服。
現代では普通に使われている医学用語(〝性同一性障害〟etc.)が
本作中にはまだ存在しない等、やはり時代を感じる部分はあるものの、
徹底した取材に基づいたリアルな描写、テンポのよいストーリー展開に惹き込まれ、
一晩で一気に読みきってしまいました。

ただ惜しむらくは、作中で同時進行する複数の事件が、最後までほとんど絡まないこと。
一般にミステリやサスペンスでは、平行して進んでいた事柄が
終盤でねじり飴(変なたとえですいません)のように収束し一つの驚くべき真実を導き出す、
というのがパターンであり醍醐味であるわけですが、本作はラストまでほぼ平行線。
クライマックスで明かされる主人公のある重大な秘密も、
それがその他の事件と絡んでいればもっと面白かったのにな、と少し残念。

読んでいて違和感もいくつか。
一つは作中に登場する女性たちが総じて性欲過剰なこと。
まるで思春期の少年のように終始発情しっぱなしで、「女にしてはこれはなあ。。。」と苦笑。
一つは主人公である女医が、精神科医の割にそっち方面の知識が乏しい。
エイリアンハンド症候群ぐらい、医者である以上知ってなきゃ不自然。
さらに〝鏡〟や〝ボール〟に(病気の故に)てんかん発作並みの拒絶反応を起こす恋人を、
バッティング設備や鏡の迷路がある遊園地に連れていき挙げ句そのアトラクションをやらせ、
案の定恋人がパニックを起こしている最中にある人物に襲われ、
(当然ながら)恋人が助けてくれなければ「ここまで使えないとは思わなかった」って。。。
精神科医どころか恋人として、いや人として失格だってこれじゃ。
「女であることに違和感がある。ずっと男になりたかった」と語気荒く言う割には、
その片鱗があまり窺えずそれどころか平均より〝女性〟が強い印象だし。
上記の点にはやはり「著者が男だからなあ」という感想は否めなかった。

そして何より「そりゃないだろ」と言いたいのは、プロローグで登場する謎の人物Xが口にしたものと
まったく同じ台詞を吐く人物Aがおり、「お、口癖が同じ。じゃあX=Aだな」と確信していたら、
結局何の関係もないただの他人だった点。
伏線かと思うじゃん!(どうやら単に著者の言い回しがかぶっただけのようです)。
なので読むときは皆さんくれぐれも騙されないでください。
それ以外の伏線はさすがミステリ界の大御所、完璧過ぎてうならせてもらいましたけどね。。。

大脳生理学や心理学に興味のある人はもちろん(作中に登場する人間の脳&心理にまつわる
うんちくにはかなり驚かされます)、サイコホラー好きの人にもおすすめ。
「でも、死んだんでしょう?」
「ここにいない、というだけだ」

 

僕はまだ子供で、ときどき、右手が人を殺す。
その代わり、誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう――。
近未来を舞台に、戦闘機パイロットである「僕」の日常を描き、「死とは」の問いに挑む。 

***

いわゆる〝セカイ系〟小説。

わかっているのは主人公がパイロットで、空の上で人を殺すことを生業としている、ということだけ。
彼の属する組織がどういった性質のものか、その組織はいったい何と戦っているのか、
また戦わざるを得ないような世界情勢とはどんなものなのか――そういう一切が描かれておらず、
読み手はそのすべてを自分の想像力で補うしかない。
〝エヴァンゲリオン〟しかり、〝最終兵器彼女〟しかり、この手の手法を使った物語は
ひどく切ないものが多いですが、本作の全体を支配するのも、一見無機質な中にばらまかれた
〝悲しみ〟。

誰も泣かない。
誰も怒らない。
負の感情なんておくびにもださず、気取りすぎとも言える洒脱な会話を交わしながら、
ただ淡々と日々を送っている。
なのにこの物語の登場人物たちからは、やるせないほどの悲しみが伝わってくる。
あえて伏せられた世界観と同じ、彼らの感情も表だって伝わってこないからこそ、
読み手の中で切ない想像が否応なく膨らんでしまう。

終盤で明かされる主人公の〝秘密(キルドレ)〟はSFなんかではありがちだし、
感情が昂ぶった際の主人公のモノローグにやたら改行が入るのも
強調し過ぎで違和感があったけど、全体に良作だと思う。

真理に触れそうで触れない位置でふわふわと漂っているばかりの、一見中身のない
薄っぺらい描写も、
飛行機の腹が水面に触れて起こる水しぶきはごくたまに読み手にかかるからこそ
インパクトが強いのであって
絶え間なくしぶきを浴び続けていたら読み手はずぶぬれの自分の衣服に重さと不快感を感じて
去っていってしまう、ということを分かってやっているのだとすれば、なかなかにレベルが高い。

純文学と比べてしまうとやはり文章は拙い印象があるけど、
思わずどきっとしてしまう表現にも何度か出会った。

本作の見せ場とも言うべきクライマックスの〝殺害〟シーンでは、
成されていることが殺人であるにも関わらず
殺した側と殺された側の間に第三者は容易に立ち入れないほどの〝愛情〟と〝絆〟を感じ、
人間にはこういう関わり合い方もあるのか、と感動すると同時にひどく羨ましくもなった。

押井守氏監督で映画化されるそうです。
願わくばタレントとかじゃなく本物の声優を起用して良質なものを創り上げてほしいな。

ほどよくファンタジー、ほどよくリアル。
それがこの〝スカイ・クロラ〟シリーズ。
現実から離れたい、でも完全に離れてしまうと読み終えたときの揺り返しが怖い。
そんな人におすすめです。
昂ぶりすぎた感情は時に愉快な見世物なのだ。



車がほしかった結城理久彦。「滞って」いた須和名祥子。
オカネが欲しいふたりは、高給の怪しげな実験モニターに応募した。
こうして12人が集まり、館の地階に7日間、閉じ込められることに。
究極の殺人ゲームが始まる…。 

*** 

ジ・インサイト・ミル。
訳すなら〝挑発する風車〟とでもいったところでしょうか。
正に風車のような形の得体の知れない建物の地階で、ろくに互いの素性も知らない
アルバイトモニター12人が巻き起こす殺人&推理劇。

英語をローマ字読みしたタイトルは
〝スカイ・クロラ(Sky Crowler)〟〝ナ・バ・テア(None But Air)〟等の
著作を持つ森博嗣を彷彿とさせるものがありますが(ちなみに私の大学時代の先輩は、
ラルクアンシエルの〝Dive to blue〟を〝大仏ブルー〟と呼んでいました笑)、
中身はまんま貴志祐介氏の〝クリムゾンの迷宮〟。
ただあちらがホラーを主軸に据えて書かれたものだったのに対し、本作はむしろ
オーソドックスといっていいほど正統な〝本格推理〟(まあ、〝高額アルバイト〟の謳い文句に
釣られて来てみたら殺戮ゲームの被験者だった、というのは十分にホラーではありますが)。
アンフェアな展開もないので、純粋に犯人当てを楽しみながら読み進めることができます。

まあただ、彼ら被験者たちに課されたルールが、ちょっと著者に都合がよすぎる部分もあるかな。
夜間は館内をロボットが巡回して参加者たちが自室を離れないよう監視するという決まり
なのですが、巡回するのはあくまで廊下。
〝もし一つの部屋に二人以上いたらスタンガンで撃っちゃうよ〟というルールもあるにはあっても、
気をつけてこそこそ動き回っていればいくらでも監視の眼をかいくぐれる、
まるでFF7の神羅ビル潜入時みたいな(オタクな例えすいません。最近やったもので)温い状況で、
たとえこっそり誰かの部屋に忍び込んだところで、ロボットにはわかりようもないはず。
なのに誰もそれをやらないことに違和感。

各個室に備え付けられたジャグジーはなぜサウナ並みの高温に設定されているのか?
館内のどこかにあると言われている外への隠し通路の在り処は?
といった謎も、比較的早い段階で察しがついてしまうのも少し物足りなかった。

あとは。。。(文句みたいな感想ばかりですみませんが)著者・米澤穂信氏の〝文体〟と
扱っているテーマとのミスマッチ。これをかなり感じた。
氏の著作は割と読んだことがあるほうですが、どこかとぼけた少年(や青年)が「僕は~」と
一人称で語る、独特ではあるけれど全体にほのぼのした氏の作風にあって、本作の雰囲気は
どこか浮き立っていた感じがした。温かみある筆致のせいで緊張感が保たれない、というか。

加えてみんながみんな、「あんたたちこんな状況下でそこまでのん気なのはいくらなんでも
平和ボケしすぎじゃないか?」と突っ込みたくなるほど詰めが甘い。
危ないに決まっていることを平気でやらかす。もしくはそれを回避するための行動を怠る。
ここまで危機感のない登場人物を見たのは〝シャトゥーン〟以来。
キャラにどこか抜けたところがないと話が進まない、というのはあるけど、
抜けすぎていると物語の展開よりそのふがいなさのほうが気になってしまう。
そして一番その傾向が顕著なのが主人公。
本格推理の探偵役は得てして滑稽なほどにのん気で(刑事コロンボしかり、古畑しかり)、
でもそれでも許せるのは彼らがいわゆる〝天才〟だから。
彼らの能力がクライマックスでフル発揮されるのがわかっているからこそ、
何をしても笑って見ていられる。
むしろバカをやればやるほど、後の推理シーンが引き立つ。
けれど本作の探偵役・結城はごくごく平凡な大学生。
そんな彼が緊張感の欠片もない言動に走るたび、読んでいて苛つくこともしばしば。

というか彼は終始一貫して人格が安定していなかった気がする。
やけに繊細かと思えば初対面の相手を「お前」呼ばわり。妙にお人よしかと思えば
ちょっと的を射た推理を披露してみせたぐらいで「俺以外はみんなバカだ」と有頂天。
まあある意味典型的な今の若者像ではあるのですが、純文学ならまだしも
エンターテインメント小説でまでそんな魅力のない人間見たくありません。
内容自体はとても面白いので一気に読むことができましたが、主人公に魅力があれば
もっと本作の評価も上がっただろうにな、といったところです。
彼以外の登場人物たちはそれぞれに個性もあり、人間くさい部分も魅力も
十分に兼ね備えているので、惜しいなと思う。

ラストで描かれるそれぞれの末路は〝(疑心)暗鬼館〟内での出来事より
ある意味インパクト強いです。
おそらく読み手の想像力が掻き立てられるせいでしょうが。

本作を楽しめた人は、東野圭吾氏の〝ある閉ざされた雪の山荘で〟もおすすめ。
クローズドサークルものを踏襲したクローズドサークルもの、という設定が同じです。


ってあー今気づいたけどこの小説、同人ゲームのキラークイーンにかなり似てるんだ!! 
設定も出てくる人間のキャラも相当近い。
著者、もしかしてプレイしたことあるのかも。。。(これ知ってる私も軽くやばいけど)
プロフィール
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kovo
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女性
自己紹介:
80年代産の道産子。本と書き物が生きる糧。ミステリ作家を目指し中。
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