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読書&執筆ホリックの書評&書き物ブログ。
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いまひと度の銃声。

 

英都大学推理研初の女性会員マリアと共に南海の孤島へ赴いた江神部長とアリス。
島に点在するモアイ像のパズルを解けば時価数億円のダイヤが手に入るとあって、
早速宝捜しを始める三人。
折悪しく嵐となった夜、滞在客のふたりが凶弾に斃れる。
救援を呼ぼうにも無線機が破壊され、絶海の孤島に取り残されたアリスたちを更なる悲劇が襲う!

***

学生アリスシリーズ第二弾。

自ら推理するでもなくただ物語が流れるに任せて読み進めるだけの私にも珍しく
犯人がわかった小説。
伏線があからさまだとか謎の練り込みが足りないとかそういうわけじゃ決してなく、
ただ有栖川氏の文章がうますぎるが故に。

最後まで犯人がわからない推理小説というのには二種類あって、
一つ目はもちろん作中に仕掛けられたトリックが秀逸であるもの。
二つ目は、人間関係や文章がごちゃごちゃし過ぎていて読者に推理の余地を与えず
煙に巻いてしまうもの。
実は本格推理というジャンルには、得てしてこの後者のパターンが多い。
登場人物をどんどん出して各々を複雑に絡ませ、文や物語の構成も妙にややこしくして
読者の頭がついていけずにぼんやりとなってきたところで探偵役にすべてを語らせる。
自力で真相にたどり着けなかった(というかそこに至る前に
脳を無駄に疲れさせられてしまった)読者は
「なるほどそうだったのか。自分にはとても思いつかない。すごいトリックだ」
などとぼやけた頭のまま勘違いしてしまう。
もちろんこんなの本当のミステリじゃない。

そこへいくと有栖川氏の文章は非常に読みやすい上に一文一文のインパクトも強く、
作中にばらまかれた謎解きのためのキーも一度読んだらまず忘れないし
事件の全体も把握しやすい。更にトリック自体は決して奇抜なものじゃないので、
順を追って考えていけば確実に犯人にたどり着ける。
「こいつが犯人だったのか! わからなかった!」
「なんて奇想天外なトリックなんだ!」
と驚きたい人には向かないけど、
ただ純粋に自分の頭で事件の全貌を解き明かしたいって読者にとっては
これ以上フェアな小説はそうないんじゃないかと思う。

まあただ、銃を林に隠すというのは(ネタバレ気味なので薄字で)どうかとは思ったけど。
だってアリスたちがお宝探しのために島内を散策してる以上それってかなりリスク高い行為だし、
犯人以外の誰でも出来得ることであるぶんその手段は面白み&意外性に欠けるきらいはあった。
犯人がロングスカート履いて内腿にでも銃を縛り付けてくれてたりとかしたら
「ああそれは確かにあの人にしかできないわー」と心底納得いったんだけどな。
あとは犯人が寝つきがいいか悪いか、眠りの深さの度合いも分からない相手
犯行当夜にあっさりと一緒に寝よう
としたのにも不満。マリアに気づかれたらそこでアウトなのに。
それを逆手にとって己のアリバイにしようとしていたようにも見えないし。
(なんか伏せ字ばかりでうざくなってしまった。ごめんなさい)

なんだかんだでかなり楽しく読むことができましたが。
なんか安心して身を任せられる感じで読んでる間妙に心地よかった

有栖川氏はキャラの造形も文章も自分の小説のお手本にしたいほど好きな作家さんで
今自分の中で再読ブームが到来中なので、今後氏の著作のレビューが増えるかもしれません。

boat.jpg





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「わたしは意味が欲しいよ。なかったら、自分で作る」



「月読」、それは死者の最期の言葉を聴き取る異能の主。
故郷を捨て、月読として生きることを選んだ青年・朔夜と、
婦女暴行魔に従妹を殺され復讐を誓う刑事・河井。
ふたりが出会った時、運命の歯車が音を立てて回り始める…。 

***



に掲載されていた、デビュー前の太田氏の掌編〝帰郷〟の、
眼の前に鮮やかに浮かび上がるような景色描写と
〝帰郷〟のタイトルにふさわしい切ない懐かしさを呼び起こす語り口に
非常に魅了されたことを憶えています。

上記作品発表から20年経った今でも氏のどこかファンタジックな世界観は健在で、
本作にも人が死に際にこの世に遺す思念の結晶である〝月導(つきしるべ)〟、
またそれを読み取る能力を持つ〝月読(つくよみ)〟と呼ばれる人間が登場するのですが、
〝本格推理〟というリアリティありきのジャンルにもそれらは見事に溶け込んでいて、
違和感なく読み進めることができました。

ただ、そんな独特かつ魅力的な世界観抜きに敢えて〝ミステリ〟という観点だけで捉えると、
私は本作の出来には首を捻らざるを得ない。
主に気になった点↓

★やたらと事件が発生し、またそれらが錯綜し過ぎていて、読みづらい上に注意も分散。
必然、各エピソードがインパクトに欠け、いつまで経っても物語の主軸が見えて来ないという結果に。
★伏線が弱く仕掛けられるタイミングも遅めなので、真相解明に驚きもカタルシスも感じられない。
★登場人物たちの誰もが物語の進行に必要なことを勝手にペラペラ喋り出す等、
それぞれに人格が感じられず、単なる駒に成り下がってしまっている。
★探偵キャラにとって都合のいい偶然があまりに起こり過ぎる(フィクションにしても
あまりにあんまり)。
★香坂家における殺人事件のトリックが破綻している(これはたとえば
推理小説の新人賞に応募すればまず間違いなく落選するレベルに思える。方法にも動機にも
無理があり過ぎ)。
★主人公が序盤から抱えていた悩みが結局最後まで解決されないまま。
〝未解決〟という解決もなく、ならばなぜわざわざ主人公の悩みを描写したのか
著者の意図が不明なまま。
もしラストシーンでの〝自分の実の母親のことを調べる〟という決意が彼にとっての〝解決〟に
あたるのだとすれば、ちょっと説明不足。でも仮に十分な説明があったとしても正直ベタ。
★最後に、(これにまで突っ込むのは難癖に近い気もするけど)終盤の
主人公とその親友のやり取りがクサ過ぎて赤面。

太田氏の作品は本作が初読なのですが、
過去に何十本もミステリを書いてきた作家さんにしてはあまりに
ミステリ部分がこなれていない印象を受けた。
たまたま本作の出来が芳しくなかっただけなんだろうか。
いつかまた氏の別の著作を読んでみようと思う。
僕と歌のために僕は歌う。



NY、ソーホー。
この街に降り立った大学生・オサムは、伝説のアーティスト・ネモの
超絶パフォーマンスに心奪われる。
仮面に覆われた倒錯的世界、現実ともつかぬ生活、
未知の魔力がオサムを変容させてゆく。
自分でない、何かへ―。 

***

奇抜なファッションや舞台装置や芝居的シナリオを付加することで
歌を単なる歌ではなく、ひとつの〝総合芸術〟に仕立て上げてしまう、
外国には実践しているアーティストも多いこの手法(有名どころではマイケル・ジャクソン、
日本でもEXILEなんかがそれに近いことをしている)、
そこへきてさらに自分自身の〝個性〟や〝人生〟までをも
そのパフォーマンスの中に組み込んでしまった、つまりはアーティストとしての自分を貫くために
永遠に外れない仮面をかぶり続けて生きた、
そんな狂気の人間が、本作に登場するパフォーマー、クラウス・ネモ。

モデルになったのは実在の人物〝クラウス・ノミ〟。↓


歌声に先入観を持ちたくない人は聴かないでね

主人公・シュウは彼(ネモ)の音楽や生き様に魅せられ
次第にのめり込んでいくわけですが。。。

80年代が舞台の本作、キャラの精神年齢も当時に合わせたのかどうか定かではありませんが、
このシュウという青年、異様に幼い。
恋人から恥ずかしげもなく資金援助を受けてネモに会いにNYに出向く。
(私ならその時点で恥ずかしくて尊敬するアーティストに顔向けできない)
行ったら行ったで現地での生活に夢中になってしまいその恋人にろくに連絡もとらない。
自己中心的で何か事に当たるにも常に自分の願望や快楽を優先。
自らの不注意で痛い目に遭っても反省しないどころか人のせいにして相手を罵倒。
「80年代にもこんなのいたのか?」と訝ってしまうほど。
本作は音楽小説であると同時に青春小説でもあるので、
そんな彼の〝青さ〟はまあある意味リアルな人間像だとも言えるのですが。
ただ主人公がそんな風なせいで、
衝撃のラスト(陳腐な表現ですが本当に衝撃です)もあまりすんなり納得できなかった。
あれを主人公の〝成長〟と捉えるのも変だし(むしろ〝状況に流されただけ〟と
言ったほうが近い)。
それに(ネタバレになるので具体的には言えませんが)私だったら絶対に気づく。
「おまえは○○じゃない!」と(主人公にそこまでのカリスマ性ないし)。

とまあ主人公はアレですが(笑)、
この著者は非常に文章がうまく(初めて氏の著作を読んだときはあまりのうまさに呻いた←実話)
ストーリーも突飛な発想とリアリティが絶妙に溶け合っていて
非常にハイレベルなものに仕上がっているので、読んで絶対に損はないです。
権威主義は嫌いだしああいったものは多かれ少なかれ出来レースだとわかってはいても、
なんでこの小説が何らかの賞を受賞してないのか不思議。

古きよき時代のダンス・ミュージックが作中に頻出するので、
トーマス・ドルビーやハービー・ハンコック(昔は私も彼の曲で
ストリートダンス練習し果てたものです)、
YMO好きの人なんかも読んでみると楽しいかも。
伊坂幸太郎氏が以前インタビューで影響を受けた本として紹介していたので、
彼のファンの人も是非読んでみてください(実際作中に漂う空気に相通じるものがあります)。



おまけ:
Youtubeで拾った
ハワード・ジョーンズ、ハービー・ハンコック、トーマス・ドルビー、スティービー・ワンダー
夢の共演。最高すぎ
演出がまた絶妙。
これもある意味〝総合芸術〟だよな。

「もう少しなんだ、もう少し……。言葉にならないだけなんだ」

 

神山高校で噂される怪談話、
放課後の教室に流れてきた奇妙な校内放送、
魔耶花が里志のために作ったチョコの消失事件――
〈省エネ少年〉折木奉太郎たち古典部のメンバーが遭遇する数々の謎。
入部直後から春休みまで、古典部を過ぎゆく一年間を描いた短編集、待望の刊行!

★収録作品★

 やるべきことなら手短に
 大罪を犯す
 正体見たり
 心あたりのある者は
 あきましておめでとう
 手作りチョコレート事件
 遠まわりする雛

***

この著者はほんとお嬢様が好きだよなあ。。。
そして脱力系主人公が好きだよなあ。。。

としみじみ独り言言うのはまああとにして(笑)、
〝古典部シリーズ〟、第四弾です。

事件が地味過ぎてたまに読み進めるのがつらくなったり、
登場人物たちのモノローグが軽過ぎて淡々とした地の文からたまに浮いていたり、
なんてことを除けば非常に良質のミステリ。
私が教師ならまず真っ先に学校の図書室に置く本として推します。
いきなり何を言い出すのかとお思いでしょうが、
筆力の確かさ、読むものの想像力を喚起するいい意味で曖昧なストーリーは、
本に興味のない今どきの子供(というか年齢関係なく、ケータイ小説や山田○介を
文学と思い込んでるやばめの人たち)に勧めるにふさわしいといった意味でも良質なのです。

個人的に一番面白かったのは〝心あたりのある者は〟。
タイトルも秀逸、ストーリーも冒頭から金城一紀ばりの個性と軽妙さで読み手を惹き込んでくるし、
最初から最後まで舞台が放課後の教室に固定されているにも関わらず
主人公がヒロインに語り聞かせる謎解きだけでもう十分に面白くまったく飽きない。
本格ミステリの真髄ここにあり、といった感じでかなり楽しませてもらいました。

ただそれ以外の短編はというと、事件の謎そのものよりも
その事件を起こした人間の心理を解き明かすことに主眼が置かれていて、
正当なミステリとはちょっと言い難い。
そもそも〝古典部シリーズ〟未読の人は
それが解き明かされたところでいまいちピンと来ないと思うので、
本作を手に取るのであればシリーズ前作を読んでからにしたほうがいいです。

〝心あたりのある者は〟だけは、これ単品で読んでも面白いけど
ずれ、ずれ、ずれ……ずれなのです。



赤ん坊が浮かぶ羊水の匂いにとりつかれた写真家が、美しい子持ちの妊婦と出会い、
吸い寄せられるように彼女の「栓男」になり、驚愕の結末を迎えるまで――
「胎内浪漫」他3編から構成された幻想短編集。

★収録作品★

 体内浪漫 栓男の懺悔
 狂い箱 箱男の狂気
 かたわれ心中 待つ女の涙
 聖女綺譚 鍵男の純情

***

朱川湊人氏が〝恐怖〟じゃなく〝性〟を描いたらこういう感じになるかも、
というのがまず第一の印象。
独特の一人語り文体も、どこか奇妙なその世界観も、氏の著作とひどく共通している。

桜・向日葵・秋桜・寒牡丹。四季折々の花が咲く季節を舞台に、
物語の語り部たちがそれぞれの体験した異性とのグロテスクとさえいえる〝性〟と
その相手への歪で一途な恋愛感情を訥々と語り続ける描写は、
著者の文章が巧みであるせいか、生々しくも美しい。
けれどそれは蝋人形や造花のように、あくまで表面的な美である気がした。
つまり形ばかりで中身がない、率直な感想を言ってしまえばそうなる。

主人公たちが〝形〟にこだわってばかりなせいかもしれない。
愛している愛しているという割に、俗な形式や相手の外見にばかり固執する。
愛情は深くなればなるほど相手の内面へと意識が向かっていくものだと思うので、
著者が訴えんとする〝狂信的な愛〟も、途端に薄っぺらいものに見えてくる。

性的なシーンもどこか芝居がかっていて(カメラ目線というか、読者の眼差しを意識した動き)、
それが本当に相手を欲するが故の行為に見えない。
同じ理由で、作中の登場人物たちの尋常ならざる言動にも、鬼気迫るものを感じられなかった。

嫌な言い方をすれば、本当に表現すべきことの周りをぐるぐると回る衛星のような物語だった。
〝真理〟という惑星は見えても、遠くにありすぎて手触りも匂いも感じ取れない。
見えているその〝惑星〟は、とても魅力的で心惹かれるものではあるのですが。
どの話も決して嫌いじゃないし、〝かたわれ心中〟の恋愛観は斬新で感動もした。

でもやっぱり私は〝惑星〟にちゃんと着陸したかったな。
できた人も中にはきっといるのでしょうが。

「Coraggio,Maestro,Coraggio」



伝説のピアニスト、バローは生きていたのか?
40余年ぶりの新録音がCD化され、話題を呼んだ。
奇跡の楽壇復帰を仕掛けたのは、スイス在住の島村夕子であった。
しかし、ベストセラーを続けるCDに疑惑の影が。
美に憑かれた女のゆくところ、謎また謎。
最終章に衝撃的ラストが待ちかまえる音楽ミステリー。 

***

本書の裏表紙にかの鮎川哲也氏のこんな賛辞が。

作者が第二作を書くかどうかは知らぬけれど、
この一遍だけでも、音楽ミステリーの作者としての氏の名は長く記憶されることだろう。


羨ましい(TT)音楽ミステリ作家を志す身としては

著者の宇山氏は愛媛の宇和島市職員で、
ピアニスト、エリック・ハイドシェック氏↓

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の現地での再デビューコンサートに尽力された方とのことで、
本作もおそらくそういった経験を元に生み出されたものなんでしょう。

確かに氏の文章からは、単に資料を紐解いて書かれただけのものとは明らかに違う、
常に音楽を胸に抱いている人間のみが表現し得る匂い立つような旋律を感じ取ることができます。

物語は中盤まで一向に盛り上がりを見せず、
筆致にも独特の癖がありはじめのうちは正直読みづらいのですが、
そこさえ乗り越えてしまえばあとはもうページを繰る手が止まらない。

天才と呼んでも差し支えなく、人間的にも非常に聡明であるヒロインを
終始〝女〟としてしか見ることができず、取り巻きに嫉妬したりその美しさに見とれたりしてばかりの
主人公の男の器の小ささにはかなり苛々させられますが、
ピアノの調べや靴音、そういった数々の〝旋律〟から次々と事件の真相が導き出されていく様は
まさに音楽ミステリの真骨頂といった感じで、非常に楽しく読むことができました。

〝いくら天才とはいえその天才も一人の人間に過ぎない〟
といった一見当たり前のことも、ラストシーンを読んだときにはしみじみと胸に染み入ってきた。
むしろ同じ目線でものを見れる理解者がいないぶん、天才は普通の人間の何倍も孤独なんでしょう。
けれどどんなに孤独でも、心身も衰え惨めであっても、
自分がそれと共に生きていくと決めたものと一生涯かけて向き合い、
死をもっての〝神格化〟に容易に逃げ込んだりしない人間を、本当は天才と言うんだろうな。
人はどうしても後者をより持ち上げがちだけど。
天才ピアニスト・バローは、理解者の代わりに何万もの聴衆の温かな拍手を得て、
それに応える〝神宿る手〟を、ピアノの鍵盤上に滑らせることができた。
そして今後もきっとそうやって生きていく。
支える人なしじゃ生を繋げない。人が人であるが故の宿命だな。

話変わって本作のヒロイン、どうしても西本智実さん↓を彷彿とさせる。

nishimoto01.jpg





去年サントリーホールに聴きにいった。最高だった。
彼女もまた〝神宿る手〟のもちぬしです。

なので彼女のファンの人も是非読んでみましょう。





まめちしき:
本編に登場するベートーヴェンの思い人〝テレーゼ〟は、
かの名曲〝エリーゼのために〟のエリーゼのこと。
ベートーヴェンがあまりに悪筆だったため、テレーゼがエリーゼと読み間違えられたんだそうです。

「だから、思い出になってまで生き続けるために、
死をたぐり寄せる人たちと関わりたくないわ。
そんな時間はないんですもの」



第13回吉川英治文学新人賞受賞
必読のアル中小説
1ページごとに笑い泣く、前代未聞の面白さ!
卓抜無類のユーモアとペーソス満載の最新長編。

完全無欠のアル中患者として緊急入院するハメになった主人公の小島容。
全身ボロボロの禁断症状の彼方にほの見える“健全な生活”。
親友の妹さやかの往復パンチ的叱咤激励の闘病生活に次々に起こる
珍妙な人間たちの珍事件……。
面白くて、止まらない、そしてちょっとほろ苦い、話題沸騰、文壇騒然の長編小説。

***

一応フィクションの体裁をとってはいますが、本作はほぼ著者・中島らも氏の自伝。
自らの分身である主人公に〝容(いるる)〟なんてつけてるところが、
己のアル中っぷりをあっけらかんと皮肉っていて面白い。

らもさんは自身の重い経験を面白おかしく書くのが本当にうまく、
うつ病発症時や大麻で刑務所に入れられたときのことを描いた著作に
何度も爆笑させられたものですが、
同じ作家の本というのは読むほどにその書き手の人格が透けて見えてくるもので、
私が読み取ったらもさんのそれは〝純粋で危うい人〟だった。
本作を読んでそのことを改めて痛感した。
彼には物事を深く鋭く洞察できる頭脳と鋭敏な心があり、
けれど精神は子供のように脆く頑ななせいでそれを受け止めきれるタフさも
さらりといなせる大人のずるさも持ち合わせておらず、
人よりくっきりと物が見えるのにそれを許容できない、けれど眼を逸らすこともできない以上
アルコールで視界をぼやけさせるしかなかった。
そうしながら、意地を張った子供のように
「僕は平気だい」
と強がってみせるしかなかった。

作中で彼が生前のエルヴィス・プレスリーが吐いた弱音に大いに立腹するシーンがあるけど、
らもさんはもしかしたらエルヴィスが羨ましかったのかもしれない。
ケガをして泣く子供のように、素直に「つらい」と言えるエルヴィスが。
らもさんは子供は子供でも〝意地っ張り〟な子供だったから、結局最後までそうできなかった。
平気なふりで最後まで冗談ばかり飛ばして道化てみせるしかなかった。
筆致も軽妙ででユーモア溢れる本作に、
それでもどこか寂しさが漂っているように感じられてしまうのはそれが分かるから。
そんな読み方はきっとらもさんの本意じゃないでしょうが。
何も考えずただ単純に「はは、らもさんバカだなあ」と笑いながら読むのが
彼への一番の弔いになるんでしょうが。
ってなんかまた辛気臭いな。やめよう。

一杯飲んだらひっくり返る下戸の私でも、アルコールを
〝夢に出てきた紫色の美味なる液体〟として描写しているシーンでは
「すごいうまそう」などと思ってノドを鳴らしてしまいました。
らもさんやっぱり文章うまいな。
本来なら酒好きの人しか理解・共感できないことを、彼ならではの言い回し&文章力で
そうじゃない人にも分かるようにする、魅力すら感じさせるようにする、
らもさんは自分自身のコントロールはヘタだったけど、文章を操ることにかけては天才だった。

軽いけど深い。
脆いけど強い。
この小説にはらもさんの人となりがそのまんま顕われている。
意志は確かに受け取った。



大都市の欲望を呑みつくす東京湾。ゴミ、汚物、夢、憎悪…あらゆる残骸が堆積する埋立地。
この不安定な領域に浮かんでは消える不可思議な出来事。
実は皆が知っているのだ…海が邪悪を胎んでいることを。

★収録作品★

 浮遊する水
 孤島
 穴ぐら
 夢の島クルーズ
 漂流船
 ウォーター・カラー
 海に沈む森
  
***

泣けたり喝采を叫びたくなったり夢にまで出るほどのインパクトを与えてきたりする
物語というのは割とありますが、
人生観までをも変えられてしまう作品に出会える確率というのはそう高くなく、
だから私は本作に出会えたことに心から感謝している。
本作収録の短編〝海に沈む森〟は、確かに私の心の在り方を変えた物語なので。
この本に出会ってだいぶ経つけど、本編の主人公・杉山の生き方は
これまでに読んだどの小説の登場人物のそれよりも未だ私にとって一番の理想であり続けている。
先日久々本書を再読して、改めて力をもらった気がした。

〝海に沈む森〟はうかつにコメントすることすら憚られるほど私にとっては
特別な作品なので、その他の短編のレビュー↓

◆浮遊する水◆

黒木瞳さん主演で映画化もされた作品。
正直物語の質は映画のほうが上です。
原作であるこちらは、今ひとつテーマがはっきりせず、中途半端なホラーといった体。
映画はヒロインの〝母性〟が見事に表現されていて、
ラストのやるせない・切ない感じもよかった。

◆孤島◆

面白い!
とまずは手放しで言いたくなる作品。
いい話でも何でもないのに、ラストは何とも言えない妙な感動がじわじわと
胸中に沸き起こってきます。
この話がツボにハマった人はこれ↓もおすすめ。かなり似たタイプの物語です。



◆穴ぐら◆

これも一話目と同様、テーマも曖昧で、ホラーとしてもどうかな? といった感じ。
主人公の過去&内省に焦点が当てられているところも〝浮遊する水〟とかぶり気味。

◆夢の島クルーズ◆

まさしく王道ホラーです。
どちらかといえばB級気味の。
ラストシーンを具体的に脳裏に描くと確実に鳥肌立ちます。
私としては何よりも、俗物丸出しの牛島夫婦に嫌悪感&恐怖を感じましたが。

◆漂流船◆

昔からホラー小説ばかり読んでいて怖いものに耐性のある私ですが、
この話だけは妙に怖かった。
読み進めるうちに催眠にかかったように意識が朦朧としてくるのは、
もしかしたら本編に登場する呪いの〝眼〟が、
本書を通してこちらに思念を送ってきていたからかもしれない。

◆ウォーター・カラー◆

本作の中では異質な作品。
ホラーというよりミステリーだからかな。
ラストは「あっ、なるほどそういうことか!」と驚き&爽快感を味わえます。
ドロドロした本短編集の、ある意味一抹の清涼剤といったところ。



水が地球上を網の目のように流れどこにでも繋がっているように、
これらの短編も〝水〟というキーワードによって結ばれている。
七つの支流(物語)がたどり着く先に広がっているある一つの光景。
見てみたい人は是非一度、この流れに身を委ねてみてください。
How deep is your river,Mr.guard?



命をかけて守るべき人が君にはいるだろうか。
「彼女を守る。それがおれの任務だ」
傷だらけで、追手から逃げ延びてきた少年。
彼の中に忘れていた熱いたぎりを見た元警官は、少年を匿い、底なしの川に引き込まれてゆく。
やがて浮かび上がる敵の正体。
風化しかけた地下鉄テロ事件の真相が教える、この国の暗部とは。 
出版界の話題を独占した必涙の処女作。 

***

シンプルなもののほうが感動する。
綿密に構築された壮大なクラシックよりも、
わずか数小節のオルゴールのフレーズのほうが琴線に触れることもある。
本作はまさにそれ。

福井氏の作品は優に600枚を超す長大なものが多く、
故にその内容や人間関係の入り組み具合も並大抵じゃないのですが、
デビュー作である



の前年に書かれた、江戸川乱歩賞最終候補作である本作、
氏の既刊の中でももっともシンプルな物語であるにも関わらず、
泣いてしまいました。しかも二回ほど。
これまでは氏の小説で泣いたことなんてなかったのに。

〝泣けるかどうか〟をその作品のクオリティのバロメータにするつもりはないですが
(登場人物が死ぬシーンさえそれなりに描ければ、
読み手を泣かせることはさして難しいことじゃないと思うので)
まだ筆が達者ではなく技巧を凝らすにもままならないぶん、
福井氏はありのままの感情と熱意をストレートに作中にぶつけるしかなく、
私はそれに否応なく心を動かされてしまった、ということなんでしょうきっと。
(〝101回目のプロポーズ〟で「ぼくは死にましぇん!」言った武田鉄也に
浅野温子が泣かされたのと同じ原理ですたぶん)


まあもちろんストレートであるだけに、読んでいて気恥ずかしくなる部分・
勢いに飲まれて誤魔化されそうになるけどよくよく考えると納得いかない点も
往々にしてあるのですが。
出会って間もない保と葵に「いつか三人で海に行こう」などと言い出す主人公・桃山の
青春っぷりは赤面ものだし(それに「ああ」と答える保も違和感あるし)、←いやそういう人大好きだけどさ
保は言ってることとやってることがちぐはぐでその癖妙にクールぶってるもんだから
たまに小突きたくなるときがあるし、
桃山と涼子の恋愛モード突入までの過程なんか(いくら男女間の感情は理屈じゃないとはいえ)
不自然過ぎて首を捻らざるを得ないし、
〝~と桃山は思う〟と、桃山の思考を借りて著者が現代社会への考えを述べるシーンも、
その考えが桃山というキャラの人格と一致しておらず、読者はどうしても彼の影に
福井晴敏という書き手の存在を見ないわけにはいかなくなるし。
主人公たちの敵役が多い割に(多いせいかな)それぞれに際立った個性やインパクトがなく、
ゲームのRPGでいう〝中ボス〟をぽつぽつ倒して回っているだけのような物足りなさもあった。
(まあそもそも、本作の主人公たちの目的は敵を〝倒す〟ことじゃなく〝欺く〟ことなんですが)

でもいいんです。
もうなんだっていいんです。
細かい点をあげつらってはみましたが、
そんな瑕疵全部ひっくるめても私はこの作品が好きです。
あばたもえくぼ。
物語に惚れるっていうのはそういうことです。

ある作家の処女作をして、人は必ず
「著者の原点であり、著者のすべてが詰まっている」と言いますが、
本作はそんな言葉そのまま、福井晴敏氏の〝原点〟だと思う。
後の大作
〝亡国のイージス〟
〝終戦のローレライ〟
〝Op.ローズダスト〟
短編集
〝6ステイン〟
の起源となったに違いない部分が、本作には随所に出てくる。
〝川の流れは〟から枝分かれし、やがてその本流をも凌駕する壮大な流れとなって
走り出した支流が、きっとこれらの物語なんでしょう。
福井ファンで本作未読の人は、そんな〝原点〟を見つけながら読み進めるのも
楽しいと思います。

最後に皆さんに心理テストを。

あなたの目の前に川が流れています。深さはどれくらいあるでしょう?
1、足首まで。
2、膝まで。
3、腰まで。
4、肩まで。

答えは本作で^皿^

今も抱いている。



11年前に起こったハイジャック事件の人質だった聖子は、小学6年生となり、
那覇空港で命の恩人と再会を果たす。そこで明かされる思わぬ事実とは…。
「月の扉」事件のその後を描く。座間味くんが活躍する7編を収録。 

★収録作品★

 貧者の軍隊
 心臓と左手
 罠の名前
 水際で防ぐ
 地下のビール工場
 沖縄心中
 再会

***

個人的に大好きな作品である



の続編です。

前作で顔見知りとなった大迫警視と座間味くん(あだ名)、
今はたまにぶらりと飲みに行く仲。
酒の肴に大迫が語る解決済み(のはず)の事件に隠された真相を、
座間味くんが独自の視点と持ち前の頭脳で次々と解き明かしていく。
主人公を過剰に持ち上げて描く癖のある石持氏にしては珍しく(なんて言うと失礼ですが)
本作の座間味くんは背伸びのない等身大の魅力に溢れ、
物語の一つ一つも短編らしく小気味よく、それでいて印象に残るものも多くて、
とても面白く読むことができました。

話ごとのレビュー↓

◆貧者の軍隊◆

オーソドックスな本格ミステリといった感じ。
その年の傑作ミステリ短編を集めたアンソロジー〝ザ・ベスト・ミステリーズ〟にも
収録されている作品なので、物語の質は保証つき。
まあ悪く言ってしまえば、可もなく不可もなくなのですが。

◆心臓と左手◆

思いつきそうでなかなか思いつかないようなトリックが秀逸。
表題作だけあって、作中一まとまりがありインパクトも強かった。
今の時代だからこそできる犯罪。自分も試してみたくなってしまった(←危険因子)。

◆罠の名前◆

ラブストーリー+ミステリ、といったところ。
表題作と同じく、まずはそのタイトルセンスに感嘆。
石持氏はタイトルつけが非常にうまく、自作小説にイモタイトルしかつけられない私としては
羨ましい限り。
ストーリーも十分に面白く、そしてちょっと切ないです。
女性におすすめかな。

◆水際で防ぐ◆

著者の社会への皮肉りを感じる一品。
ミステリとして捉えるよりも、作中に込められた石持氏の思惟を汲み取って読むのが
楽しい。

◆地下のビール工場◆

座間味くんの発想の逆転には大いに意表を突かれましたが、
これもミステリとしては正直どうかな?
むしろほんのりホラーテイスト。

◆沖縄心中◆

本作で一番納得いかなかったのがこれ。
人間の心理描写がグチャグチャで不自然。
こんな心の動き方するヤツいないだろ~? と突っ込み入れながら読んでました。
連載後期に来て石持氏もしや息切れ?

◆再会◆

冒頭の少女のモノローグが美しいです。惹き込まれた。
でもだからこそ、作中に仕掛けられた謎&その種明かし部分の分かりにくさが残念。
本シリーズの締めであり、座間味くんと前作で彼が救った少女の再会という深いテーマも
孕んでいるのに、全体に薄っぺらで著者の言わんとすることも今ひとつ掴めなかった。
そもそもこの短編だけは理詰めじゃなく、ストーリー重視で描いてほしかったな。
座間味くんもうちょい空気読めよと。



なんだかんだ言っておすすめですが。
表紙も前作に引き続き美麗です。
あー座間味くんみたいな打てば響く頭脳の持ち主と友達になってみたいな。
彼はつくづく魅力的なキャラだ。
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kovo
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80年代産の道産子。本と書き物が生きる糧。ミステリ作家を目指し中。
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